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23.少年の夢

 砂漠に入って一日が経つ。イブロは当初スレイプニルやソルの体力を心配したのだが、灼熱の砂漠の中でも彼らは疲労感で動けなくなるといったことはなく元気なものだった。

 むしろ、イブロの方が暑さにダレている。

 一転して日が暮れると急速に冷え始め、厚いローブをかぶっていないと体が震えるほどだ。

 砂漠は非常に過酷な環境であることは確かなのだが、森林に比べ街道が整備されていて旅をする者の拠点となる無人の小屋まである。そういった事情からペースを守って確実に小屋で休息を行うのなら、砂漠とはいえ問題なく進むことができるだろう。

 

 イブロ達はそんな砂漠の中にある休息所まで足を進めていた。

 ここはごく小規模なオアシスで、井戸と小屋が三軒建っている。井戸の周辺には雑草が生えていて、水源があることを示していた。

 井戸があるとはいえ、小屋以外の施設は何もなくイブロ達以外に人の姿も見えない。人が恒常的に生活するにはオアシスの規模が小さ過ぎるため、ただの休息所として使っているのだろうとイブロは予想する。

 

「おっちゃん、チハル。小屋の中にベッドまで置いてあるぜ!」


 小屋を見に行っていたアクセルが喜色をあげ戻ってきた。


「それはいい。久しぶりにベッドでゆっくりと休めるな」


 イブロも満足気に腕を組み思わぬ出来事に顔を綻ばせる。

 スレイプニル用の飼い葉入れまであったので、イブロは水と持ってきた飼い葉をそこに入れスレイプニルを離す。

 その間にアクセルとチハルがかまどの準備を行って、ソルは周囲を警戒していた。

 

「イブロ、お食事の準備ができたよ」


 イブロが井戸から水を何度も汲み上げていたら、チハルが彼の服の袖を引っ張る。


「おお、すぐ行く」


 イブロはチハルと共に、かまどへと向かった。

 

 食事を食べながら、三人はポツポツと会話を交わす。彼らは皆、それほど喋る方ではなかったから絶え間なく話が続くということはほとんどない。

 それでも、イブロは居心地の悪さなど感じではいなかった。むしろ、これくらいが彼にとってちょうどいい。賑やかなのもいいが、静かな方が彼の好みにはあっているようだ。


「アクセル、もうすぐイスハハンに到着する。ここまでありがとうな。助かった」

「まだ着いてないぜ、おっちゃん。でもまあ、俺の方こそ助かったよ!」


 アクセルは屈託のない笑顔を向ける。

 

「ねえー、アクセル」

「なんだ? チハル」

「アクセルの持っているような楽器は、イスハハンで手に入るのかな?」


 チハルはアクセルの持つリュートと笛に興味を持っていたようで、途中の村で探してみたが見つからなかったのだ。

 だから、アクセルは自分のリュートをチハルに奏でてもいいと言ったのだが、彼女は「それはアクセルのだから、ダメ」と聞かなかった。


「イスハハンなら絶対に手に入るさ。だってイスハハンは」

「イスハハンは?」


 アクセルの言葉にチハルが続く。

 そんな彼女にアクセルは気をよくしたようで、鼻を指で擦りもったいぶるように大きく息を吸い込む。

 

「移動式楽団の聖地なんだぜ!」

「へえ」

「もっと驚くと思ったのに……」

「そうなの?」


 チハルとアクセルのやり取りにイブロはガハハと大きな声で笑う。

 「なんだよお」と迫るアクセルの頭を押さえ、イブロは「すまんすまん」と彼に返す。

 

「アクセル、差支えなければお前さんの旅の目的を聞かせてもらえないか?」


 イブロは場の空気を変えるため、取って付けたようにアクセルへ尋ねたが、彼としても少し気になっていたのだ。

 しかし、イブロのポリシーとして他人を詮索しないと決めていたから気になっていても聞けずにいた。

 ここで聞いてしまったとはいえ、彼は無理にアクセルへ自分の目的を語ってもらおうとは思っていない。

 

 イブロの思いとは裏腹にアクセルは「よくぞ聞いてくれました」とばかりに「へへん」と指をパチリと鳴らす。

 

「俺は『砂漠の華』を探しているんだ。相棒になりたい子がいてさ。その子、いい歌を歌うんだよ!」

「砂漠の華? 聞いたことないな」


 問い返すイブロへアクセルは矢継ぎ早に『砂漠の華』のことを語ってくる。

 砂漠の華は半水棲種族が乾燥地帯で生きていく加護を与えるアイテムらしい。古代の遺物(アーティファクト)の一つとしても数えられるそれは「作る」必要がある。

 ルビーと魔石に加え加護を付与したい人物の体の一部(鱗など)を持って、イスハハンにある古代遺跡の神殿へそれらを捧げ三日置いておくと「砂漠の華」になるという。

 半水棲種族はイスハハンまで来ることが困難なので、「砂漠の華」を取得したい場合誰かに頼まなければならない。

 

「なるほど。で、アクセルはそいつのために動いてるってわけか」

「うーん。その子はサハギンという種族なんだけど、俺が一方的に頼んでいるんだよ。それでな――」


 アクセルは乗ってきたようで、語り口にも熱がこもる。

 彼は旅路で出会ったサハギンの歌に惚れ込み、その子とペアを組みたいそうだ。

 渋るサハギンへ自分が「砂漠の華」を用意するから、一緒に歌と音を奏でようぜと誘っていた。

 しかし……サハギンか。イブロは水辺に住む半水棲種族サハギンについて思いをはせる。

 歌に惚れ込んだというから、てっきり海の歌い手人魚族(セイレーン)かと思いきや、魚人のサハギンとは……。

 

「イブロ、アクセル。サハギンって……」


 イブロの考えを遮るようにチハルの声。


「ああ、チハル。サハギンというのは頭が魚で身体が人間という種族なんだ。あの頭で人間が好むような歌を歌うなんて俺も知らなかったよ」

「大丈夫だよ。イブロ。『記憶』にあるから」

「そうか。それなら説明しなくてもいいか」


 しかし、チハルは「うーん、うーん」と頭を両手に当て悩む仕草を見せる。


「どうした? チハル」

「チハル、俺がサハギンとってのは変に思う?」


 イブロとアクセルの言葉が重なった。そのことで彼らはお互いに顔を見合わせ苦笑する。


「ううん、防衛対象は『人間』だけってわけじゃないの。ちゃんと『記憶』にあるのに……」

「チハルが何を言っているのか分からないけど、俺にとってはサハギンでも人間でもサテュロスでも変わらない。みんな気のいい音楽好きさ!」


 イブロはチハルへ何を言っていいのか悩み、何も言えずにいた。

 チハルは「記憶」が欠損している。左目が手に入れば完全な「記憶」を取り戻すことができるらしいから、彼女の「記憶」が現時点では曖昧なものとなっていてもおかしくない。

 一体、彼女の先ほど言ったことが何を示しているのかイブロにも見当がつかないが、今はまだ聞くべきではないとイブロは思い直す。

――チハルが「記憶」を完全に取り戻した時、彼女が何を語り、何を目指すのか……その時まで待つとしよう。


「イブロ、どうしたの?」

「いや、何でもない。残りを食べてしまおう」

「おう、あああ、イブロ。吹いてる! 吹いてる!」


 アクセルが鍋に指をさしながら、慌てた様子で手を振り回す。それに対しイブロは鍋を火から離し、鍋の中に残ったスープをそれぞれの器により分けるのだった。


「この後お湯を沸かすから、水と混ぜて順番に体を拭いておこう。寒いから気を付けてな」

「分かった。今日はおっちゃんからだぞ」

「うん」


 イブロの言葉にアクセルとチハルも応じる。

 砂漠の夜は動くモンスターも皆無で、彼らはゆっくりと体を吹き、小屋で就寝したのだった。



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