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22.ピースメイキング

 低い唸り声をあげ続けるソルの傍らに立ち、イブロは周囲の確認を行う。すぐに馬車がある道を挟んで木の陰から伺う影がいくつも見て取れた。

 あれは、ダイアウルフだな。イブロは心の中で呟く。

 ダイアウルフは森林にも草原にも生息している大型の狼で、頭が良く群れで狩りを行う。大きさはなんと犬の二倍ほどの巨躯を誇るのだ。

 数が厄介であるが、イブロやソルにとって大した相手ではない。できればソルの脅しで引いてくれればいいのだが……。腹をすかしたダイアウルフはとにかくしつこい。

 頭の良い動物だから、イブロ達が立ち去るまでこのまま遠巻きに見ていてくれれば……。

 

 イブロがソルの背を撫で口を開こうとした時、彼の言葉を遮るように御者台から声がする。

 

「ちょうどいい、おっちゃん! ここは俺に任せてくれ!」


 御者台に仁王立ちするアクセルは、リュートを構えイブロの了承も待たずに素手で弦をはじき始めた。

 どんな旋律を奏でるのか聞いてみることにするかと考えたイブロは、最大限の警戒をダイアウルフに向けながらダマスク鋼の棒へ「伸びろ」と念じる。

 

――リュートから音が響き始めた。なんという穏やかでそれでいて気持ちが落ち着く旋律なのだろう。イブロは敵が目の前にいることも忘れ、暖かな何かに包まれるようなその曲に聞き入る。

 ソルもイブロと同じだ。彼は唸り声をあげるのをやめ、ペタンと耳と尻尾を下げリラックスしているように見えた。


「おっちゃん、今のうちに行こう」


 アクセルはリュートを奏でる手を止めず。イブロを御者台へ促す。

 イブロはハッとなり、目線を外してしまっていたダイアウルフ達へ目を向けると、奴らはゴロリと腹を見せて寝転がっているではないか。

 奴らからは先ほどまでの「なんとしても獲物を獲る」という意思がまるで感じられず、これから昼寝でもしようかというばかりに態度が豹変していた。

 

「話は後だ。このまま進むぞ」

「おー!」


 イブロの声にアクセルが元気よく応じる。

 

 手綱を絞りながらもイブロは驚愕を隠せないでいた。これが魔曲というのか。このような魔曲のことなど聞いたことがない。

 モンスターの戦意を失くしてしまうなど……。いや、モンスターだけではないな。人間にも効果を及ぼす。イブロはアクセルから声をかけられるまで彼の旋律に酔いしれていたのだから。

 驚異的なのは彼の音色を聞き始めて一分とたたないうちに完全に彼の曲に引き込まれてしまったことだ……。なんと末恐ろしい少年なのだろう。

 

 ダイアウルフ達から充分に距離をとったところでアクセルは曲の演奏をとめた。

 

「どうだい。おっちゃん! 俺の曲は」

「正直、驚いている。アクセル、砂漠までよろしく頼むぞ」


 「戦力として」と暗に示して再度の握手を求めるイブロにアクセルは「へへん」と鼻を鳴らし彼の手を掴む。


「どうしたの?」


 奥からひょっこりと頭だけを出したチハルが不思議そうに首を傾けた。


「音楽が聞こえなかったか? チハル」

「うん、聞こえたよ」


 それがどうしたのという感じのチハルへイブロは少し考え込む。

 そういえば、あの女の時もチハルは洗脳された様子が無かった。今回もそうだ。チハルのこの様子から、彼女はアクセルの魔曲に聞き入り穏やかな気持ちになることも無かったのだろう。

 元々感情らしい物がまるでなかったチハル。だから彼女は精神に影響を及ぼす魔曲や洗脳を全て無効化するのではないだろうか。

 旅を続けるにあたって、この特徴は悪い事ではない。しかし、彼女にとってそれがいいことなのかと問われるとイブロにはスッキリしないものが残る。

 

「チハル、俺の曲、よかっただろ?」


 イブロの考えを遮るようにアクセルが得意げな笑顔をチハルに向けた。

 

「うん、なんという曲なの?」

「あれは、ピースメイキング。聞いた人全てが幸せな気持ちになる曲なんだぜ」

「なるほど。和解(ピースメイキング)か」


 二人の会話へイブロが口を挟む。


「俺ができることは魔曲を演奏することだけだけど、役に立つだろ?」

「おお、もちろんだ」


 イブロはアクセルのツンツン頭を撫でると、彼は眉間にしわを寄せながらもイブロの手を払おうとしない。

 まだまだ子供なんだな。とイブロは口元に笑みを浮かべるが、それを見たアクセルはハッとしたようにイブロの手を払いのけ距離を取る。

 

「お、俺はもう子供じゃねえし!」

「まあいいじゃないか」

「イブロに頭を撫でられるの、わたし、好きだよ」


 強がるアクセルへイブロは苦笑を漏らし、チハルは何故と首をコテンと傾けた。

 チハルの言葉に気を良くしたイブロは、彼女の頭を撫でる。一方撫でられたチハルは目を細め「んー」と声を出している。

 

「そうだ」


 チハルはアクセルの隣にペタンと座ると、彼のツンツン頭に手を伸ばす。

 そのまま彼の頭を撫でるチハルへアクセルは顔を赤らめ固まってしまうが、ぴゅーっと馬車の中へ引っ込んでしまった。

 

 これには声を出して笑うイブロ。

 ひとしきり笑ったところで彼は手綱を絞り馬車の速度をあげる。

 

「うーん、アクセルは『嫌』だったのかな」

「そんなことないさ。あれでもアクセルは喜んでいるって。俺が保障する」

「そう。難しいね。イブロ」

「そうだな」


 自分にもあんなころがあったかもしれないと、イブロは目を細めるのだった。

 

 ◆◆◆

 

 アクセルが旅の仲間に加わってから二日後、馬車は森の中の開けた土地にあるボレ村に到着する。

 彼らは道中一度だけフォレストベアという大きな熊の襲撃があったが、アクセルの魔曲で黙らせ事なきを得た。

 ボレ村の宿屋ではソルを厩舎に泊めることができたので、彼とスレイプニルは厩舎へイブロ達は宿の中へと入る。

 

 チハルとアクセルはまだ少しぎこちなさが残るが、よく会話を交わすようになっていた。

 チハルはパメラやイブロと異なるアクセルの反応に興味を持っているようだ……。

 ともあれ、イブロたちは食事を取った後、宿の一室へ案内された。イブロはさっそくベッドに腰かけふうと息を吐く。

 ずっと御者台で座りっぱなしで、夜も硬い土の上だったイブロは、ようやく柔らかなベッドに腰を落ち着けることができご満悦な様子。

 

「おっちゃん、チハル。ここは行水できるんだってさ! 先に行ってきていい?」

「おう、俺はしばらく休みたい」

「わたしは休まなくても平気。行こ、アクセル」


 チハルがアクセルの手を握ろうとすると彼はささっとその手を躱し、さっさと部屋を出て行ってしまった。

 

「どうしたんだろ、アクセル」

「『嫌』なんじゃなく、恥ずかしがってるだけだ」

「よくわからないや。『恥ずかしい』って何だろう」


 首を傾け「うーん、うーん」と声を出すチハルへイブロは口元に笑みを浮かべ彼女の頭を撫でる。

 チハルは本当に人間らしくなった。自分で考え、人の感情を理解しようとしている。異性のアクセルと接することで、自分の感情の揺れまで感じることができるようになってきたみたいだな。

 

「イブロ、気持ち悪い顔をしていないで分かるなら教えてよー」


 チハルの物言いに少しだけほんの僅かだけ心を揺らしたイブロだったが、平静を装い彼女へ応じる。

 

「チハルに人前で裸になるなって言っただろ」

「うん。あ、記憶に残ってるよ。それが『恥ずかしい』ってことだよね」

「そうだ。アクセルは気恥ずかしさを感じているだけなんだ」

「うーん、アクセルはわたしの前で裸になると『恥ずかしい』んだね」


 かなり違うが……イブロの言葉ではうまく説明できない。

 そもそも男女間の機微が苦手なイブロがチハルへ語ることに無理があるのだ。

 こういうのは同じ年ごろの女の子……パメラみたいな子に説明してもらえるとありがたい。ないものねだりをして額に手を当てるイブロなのであった。

 

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