21.少年アクセル
拘束を解かずにイブロはそのまま少年を引っ張っていき、馬車の中へ入る。
馬車の中ではチハルがぼーっと中空を見つめ、ペタンと座っていた。必要性が無いから最も体力を使わない体勢をとっているのは分かるが……外で戦いが行われていた状況をかんがみると違和感があるよな……とイブロは思う。
「イブロ?」
チハルがイブロの姿を見とめると顔を向け表情が動いた。
「ああ、この少年はおそらく……さっきの奴らに」
「ふうん、その少年をどうするの?」
「この場で解放してもいいんだが、安全な村まで連れて行ってもいい。そこから先はこの子に聞くとしよう」
イブロは少年の口を縛る猿ぐつわに手をかけ外してやる。
対する少年は口を大きく開き、息を吸っては吐いてを二度繰り返した。
「助けてくれたのか? おっさん」
「お前さんの拘束をすぐ解いてやりたいところだが……念には念をだ。チハル。彼を『調べて』くれるか?」
いきなり暴れたりしてチハルに危害が加わることを懸念して少年の拘束を解かずにいたが、この前の廃墟のこともある。
彼が人間ではない可能性も捨てきれないからな……もっとも、イブロの手に負えないような怪物ってわけじゃあないだろうが……。さっきの奴らに捕まるくらいだしな。
イブロは腕を組みチハルへ目線を送る。
「うん」
チハルは金色の瞳を少年に向けた。じーっと見つめ、腕を祈るように組むチハル。
対する少年は少しだけ頬を赤らめて彼女から目を逸らした。
少年のこの仕草から、イブロはこの少年が人間だと確信するが、すぐに結果が出ることからそのままチハルの言葉を待つ。
「人間だよ。イブロ。イブロと同じ」
「ありがとう。チハル」
イブロはチハルの頭を撫で彼女を労う。
「少年、拘束を解いても暴れるなよ」
「こんな小さな子の前で暴れるかよ」
少年はふんと顔を横に向け、憎まれ口を叩く。
イブロはそんな少年らしい仕草にくすりと笑うと、彼に巻かれた縄を解いた。
「ありがとう。おっさん。あんたがあいつらを?」
「『あいつら』ってのはどっちだ?」
「そら、野盗どもに決まってるさ。お頭の奴があんな神妙な顔をしているなんて、あんた一体何をやったんだ?」
先ほどの髭の男はやはり全うな旅人ではなかったのか。イブロは自分の予想が間違っていなかったことに胸を撫でおろす。
最初は懸念だった。しかし、少年を見た時に確信に変わった。
体も大人ほどまで成長していないただの少年を猿ぐつわまでして拘束するなんて異常だ。それに、オーガに襲われ敗北しそうな状況で拘束したまま放っておくか?
ただの窃盗犯にここまでの拘束をするなんて普通は考えられないことだとイブロは思う。
だから、彼らがイブロの強さを恐れている間に少年を寄越せと交渉したのだ。よからぬことを企んでいた野盗らは後ろめたいことがあったのだろう。イブロにそのことが発覚する前にとっとと少年を渡して逃げた。
ある意味、あの盗賊団のリーダーは「生き残る術」に長けていると言えよう。状況に対し素早く利益を計算し動くことができるのだから。
「少年、お前さんにも見えていたと思うんだが、外で転がっていたモンスターがいただろ?」
イブロは少年に野盗たちがオーガに囲まれていて死に体だったことを伝える。対する少年は「なるほどなあ」と呟きうんうんと大きな仕草で首を振っていた。
「おっさん、強いんだな! 外にいた雷獣もおっさんのペットなの?」
「いや、ソルはチハルの相棒だ」
「へえええ、そうなのか! こんな小さいのにテイマーなのか!?」
そうじゃないんだが……。イブロはあえて否定せず曖昧に頷く。
ここまで話をした感じでイブロはこの少年に危険性はさほどないと思っている。普通の年ごろの元気な少年と言った感じだからだ。
もっとも完全に警戒を解くのも考え物ではあるが……。
「少年、どうする? 近くの村まで送っていくかそれともここで別れるか?」
「助けてもらってお礼もしないってのはダメだって爺ちゃんも言ってる。でも、俺、ほとんどお金をもってないんだ」
「気にしなくていい。『たまたま』通りかかっただけだからな」
「そうだ! おっさんたち、どこに向かっているんだ?」
少年は何かを思いついたようにポンと手を叩きイブロに問う。
「カラコル砂漠に向かっている」
「そうなのか! 俺もカラコル砂漠にあるオアシス都市イスハハンへ向かっているんだ」
イブロに少年の意図がイマイチ見えて来なかった。砂漠まで連れて行ってくれということなのだろうか?
いや、少年は助けてくれた報酬で悩んでいる。
首を捻るイブロへ少年はポンと胸を叩き、チハルへ目を向けた。
「おっさん、砂漠まで俺がモンスターの相手をするよ。それでお礼ってことでいいかな?」
少年はツンツンにした緑の髪の毛先を得意気に撫で、手を差し出す。
この少年は、筋肉こそそれなりについているが立ち振る舞いからも達人の雰囲気は感じさせない。
イブロとて若いというだけで彼を戦いの役に立たないと切って捨てるわけではないが、この少年からはモンスターとの激しい戦いにとてもじゃないが耐えられないと彼は思う。
「あ、そうか。俺、こんなひょろっちいもんな」
戸惑うイブロの様子を見て取った少年は、大事そうに野盗からイブロが取り戻した彼の荷袋に手をかける。
中から取り出したのは、笛とリュートだった。
「それは?」
「俺はこれでモンスターを退けることができるんだぜ」
どうだとばかりにリュートを掲げる少年にイブロはため息を吐きそうになるが、グッと堪えチハルの教育のために彼がいてもいいかと肩を竦めた。
「楽器か。魔曲でも使うのか?」
「おう、そうだぜ! 任せておきなって!」
魔曲か。魔曲の使い手をイブロは数度だけだが見たことがある。一流の魔曲使いは、聞いた者の戦意を向上させるだけでなく物理的な効果まで及ぼすという。
ただ、魔曲は誰にでも使いこなせるものではなく持って生まれた音楽の才能が必要らしい。期待される効果の割に修練にかかる時間が長く、魔曲を使える者でも武器を使いこなせるものが多い。
というのは、魔曲だけだと一人で荒野を行くことなどできない。あくまで副次的に魔曲を使うだけでメインは武器なのだ。
少年はまだそれほど旅の経験が無いのだろう。だから、魔曲だけで大丈夫と豪語しているとイブロは思った。
「まあいい、砂漠までよろしくな。俺はイブロ」
「おう! 俺はアクセル」
ガッチリと握手を交わす二人の手の上にチハルが手を乗せる。
「わたしはチハル」
「お、おう」
手が触れたことでドキマギするアクセルにイブロは微笑ましい気持ちになり、くすりと声を出して笑う。
こうしてアクセルが旅の仲間に加わったわけだが、イブロの予想はいい意味で裏切られることになるのだった。
――彼らがそれぞれ手を離した時、グルルルルといった低い唸り声が馬車の中にまで響き渡る。
「ソル、どうした?」
イブロは馬車の幌を開け外を睨みつけた。
これはついてねえ。オーガの血の臭いを嗅ぎつけてさっそくやって来やがったか……。
イブロはソルと目を合わせ、腰のダマスク鋼の棒を抜く。




