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11.服

――翌日。

 イブロとチハルは街の服屋に来ていた。

 チハルはもちろん、イブロもこの服屋に入るのは初めてだった。彼は普段探索者や旅人向けの小売店にしか行かない。そこでは、旅装や遺跡探索に必要な道具だけではなく、衣類だって置いているのだ。

 しかし、マスターの勧めもあり彼は生まれて初めて服屋なるところを訪れていた。

 

 さてそんなイブロであったが、仏頂面で隅にある椅子に腰かけている。彼の隣には背筋をピンと伸ばした黒服オールバックの三十歳くらいのメガネをつけた男が上品に立っていた。


「しかし……また着替えるのか」

 

 イブロはソワソワした様子で脚を組み膝を揺らしている。

 

「イブロさん、ありがとうございます。お嬢様の楽しそうなご様子を久しぶりに見ることができました」


 イブロの愚痴へ黒服は背筋を張ったまま綺麗な礼を彼へ返した。

 

 アレが……楽しそうな様子なのか? イブロは(くだん)のお嬢様の成すがままになっているチハルへ目をやる。

 二人は同じ年ごろに見え、お嬢様の方が若干背が高い。彼女は上質な動きやすいドレスをお召しになっていて、茶色い髪をシニヨンにした貴族の娘に流行の髪形をしている。

 チハルはと言えば、寝間着に裸足から茶色のブーツを履いたまではいい。そこから、お嬢様によるチハルの着せ替えショーが始まってしまったのだ。

 こうなってしまったのはイブロにも多少の責任はある。彼はチハルへどのような服を選べばいいのか、悩んでいた。これくらいの少女がどんな服を着るかなど彼の理解の範疇をこえているからだ。

 当たり前だが、チハルが服を選ぶことなどできない。そこにたまたま現れたのがこのお嬢様なのである。

 彼女は悩むイブロたちへ「わたくしが手伝ってあげるわ」とばかりに服を選んでくれたのだった。そこまではよかった。しかし、お嬢様の熱は冷めず今に至るというわけだ。

 

「チハル、動きやすい服を」


 しまったとイブロが思った時にはもう遅い。お嬢様が唇に手を当て首を振る。

 

「イブロさん、それじゃあいけませんわ。淑女たるもの『嗜み』も必要なの」

「うん、パメラ」


 お嬢様……パメラの言葉へ続くチハルだったが、彼女は同意して言っているとはイブロには思えない。

 人間らしく会話をすることを考えた結果出たのがアレなんだろう……。もう少し何とかなると思っていたが、前途多難だな……イブロは頭を抱えた。


 太陽が真上に登る頃……ようやく満足したパメラがチハルをお披露目に戻ってくる。


「どうかしら?」

「どう? イブロ」


 チハルは膝上くらいのヒラヒラした白っぽい色のスカートに紺色の二の腕までの長さがあるブラウス。裾にはレースがあしらわれ、腕の部分の袖先はキュッと閉じる形になっていて可愛らしい。

 腰には青色の帯が巻かれ後ろでリボン結びされていて少女らしい恰好だとイブロには思えた。包帯を巻きつけるだけだった左目の部分も、淡いブルーの洒落た眼帯に装いを変えている。

 

「イブロさん」


 黒服にまで感想を促されたイブロは頭をボリボリとかき一言だけ返す。

 

「可愛いと思うぞ」

「それだけなのかしら」


 ツンとパメラがイブロを切って捨てたものだから、黒服がまあまあとお嬢様をなだめたのであった。

 時間がかかったのはともかくとして、これなら動きやすいし見た目も問題ないだろうとイブロは満足している。

 しかし……。

 

「昼食後、予備の服を選びますわよ」


 ガクリと膝を落とすイブロ。た、確かに言われてみれば替えの服が一着もないというのも問題だ。

 服は汚れる。いずれ洗濯する必要が出てくるだろう。そうなった場合、チハルを裸にしておくわけにはいかない。

 

 ◆◆◆

 

「すまんな、クロエ」

「いえ、お嬢様のご希望でありますし、私としてもお付き合いいただけて感謝しております」


 服屋を出た彼らは、パメラに誘われ近くの洒落たレストランに足を運んでいた。

 昼食代はお嬢様のおごりでということで……。

 

 大人組と子供組でテーブルを別にし、チハルはパメラと昼食を摂っている。イブロが聞いた限りチハルは人間の食べられる物であれば何でも食べられるというからその点は心配していない。

 しかし、フォークはともかくナイフを彼女へ使わせたことがない。こんなところで人らしくない仕草が出なければいいが……と心配していたが、食器の扱い方を知らないチハルへパメラは却って興味を引かれ何やら燃えている。

 杞憂だったか……イブロはほっと胸を撫でおろした。

 

「どうぞ、イブロさんもお食べください」

「なら、クロエも食べてくれよ」

「かしこまりました。食べましょう」

「ああ」


 大人組二人も食事に手を付け始める。

 しばらく、子供組の様子を無言で眺めるだけの大人組であったが、クロエが沈黙を破った。

 

「イブロさんもご存知のことと思いますが、ルラック家はお恥ずかしい話、少し複雑になっておりまして……」

「俺とチハルには関係のないことだ。俺としては同じくらいの歳であるパメラと交流が持てて感謝している」

「それはこちらの言葉です。お嬢様はいつも家では何かと気が休まらないご様子なのです。先ほど申しました通り、あれほど屈託のない笑顔を見るのは久しぶりなのですよ」

「そうか……お貴族ってのも何かと大変なもんなんだな」


 お嬢様の名前はパメラ・ルラック……ルラック家の長女になる。余り貴族の噂などに興味がないイブロであったが、さすがにルラック家のことなら少しは知っていた。

 ルラック家はこの街の名前と同じ家名を持つ伯爵家で、この街を中心とした封土を持つ。今代のルラック伯爵は温厚で民からの評判もいい。しかし、男子に恵まれず子息は女子ばかり三人。

 この子供たちの事情が厄介で、パメラと下の二人は母親が異なる。パメラを産んだ伯爵夫人は今はこの世になく、元々側室だった婦人が伯爵夫人となった。元側室の子供というのが下の二人の娘……。

 そんなわけで、ルラック家ではいろんな噂が絶えないというわけなのだ。

 

 食うに不自由ない身分に生まれるだけで充分だろうに……貴族ってのはよくわからねえ。イブロは態度にこそ見せないが、うんざりとした気持ちになる。


「配慮が足りず申し訳ありません」

 

 黙り込むイブロへクロエが謝罪を述べた。

 対するイブロは首を振り、肩を竦める。

 大人組がしんみりとした雰囲気になるが、反対に子供組……ではなくパメラは終始賑やかな様子だった……。

 

 ◆◆◆

 

 昼食後、彼らは再び服屋へ戻る。

 二度ほど着替えをした後、なかなか彼女らが着替えから戻ってこない。着るのに時間がかかっているのだろうか? イブロは一抹の不安を感じるが子供とは言えレディだと聞く。

 レディの着替えは時間がかかるものなのとさっきパメラが言っていたな……。と彼は考えるが先ほど感じた不安な気持ちが消えないでいた。

 

 その時、奥から蒼白な顔で肩から血を流す女性店主が足取りがおぼつかない様子で姿を現す。


「も、申し訳ありません! お二人がさらわれました……」


 力なくその場でペタンと座り込む女性店主へイブロとクロエが駆け寄る。

 

「お怪我をしているところ申し訳ありませんが、見たことを教えていただけますか?」

「クロエ、聞いているばあいじゃねえ。すぐに追うぞ!」

「分かりました。一つだけお願いします。お嬢様たちが連れ去られたのはどれくらい前になるでしょうか?」


 イブロへ理解を見せるクロエだったが、あくまで彼は冷静だった。


「ほ、ほんの少し前です」

「なら、追いつけるかもしれねえ。俺はすぐに出る!」

「私も行きます」


 二人は急ぎ服屋を後にする。

 事情は後から聞けばいい、犯人が用意周到な者だったとしたら既に人込みに紛れ捕捉することは困難かもしれねえ。

 イブロはギリリと歯を噛み締める。


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