1.出会い
古代の遺物――
古代の遺跡に眠る物。人々の生活に欠かせぬ物。その種類は多岐に渡り、手の平サイズから運ぶことさえ不可能な巨大な物まで存在する。
人々は古代の遺物を求め、使う。求める者の名を探索者という。男は探索者と呼ばれる者の端くれであった。
彼はぼさぼさの黒髪に無精ひげを生やした大柄な男で、歳の頃は四十代半ばといったところだろうか。ボリボリと頭を掻きながら周囲に何か目ぼしい物はないか目を凝らしている。
彼は街から二日ほどの距離にあるとある古代の遺跡を訪れていた。
古代の遺跡は世界中に散らばっており、高い塔や迷宮を始め、変わったところでは海底にまであるという。
では、男のいるこの遺跡はというと……探索者にとっては良く知られた遺跡であり、多くの足跡が残っている。しかし、この遺跡は「誰もが知っているが実は誰も知らない」と探索者達に言われているいわくつきの遺跡なのだ。
というのは、この遺跡……非常に広大なのである。なんと遺跡の端から端まで歩くには朝から歩き始めたとしても日が暮れるまでかかるのだ。
さすがに表層には残っていないか……。しばらく遺跡の中を探索した男は息を吐き肩を竦める。
いくら広いとはいえ、訪れた探索者は星の数ほどもいたものだから、目立つ位置には何も残っていない。
彼は首を軽く振り、顎へ手をやり無精ひげを撫でるやドカリとその場で腰を落とす。そして、浮かない顔で腰から吊り下げたズタ袋をゴソゴソとめんどくさそうに漁った。
袋から小型のランタンを取り出すと、地面に置き更にズダ袋へ手を入れる男。
たしかあったはずだが……。お、あったあった。彼は手の感触だけで探り当て、目的の物を袋から出す。
彼の手に握られていたのは、指ほどの大きさがある小さな六角形の濁った赤色の石だった。
「よし、確かに赤色だ。まだ使える」
石の色を確認した男は独白し、ランタンの蓋を開けると中の窪みに赤色の石をはめ込んだ。すると、赤い石が光り出す。
この赤い石こそ、最も代表的な古代の遺物で、大量に見つかるがいくらでも買い取ってくれる優良商品であり、人々の生活の基盤になっている一品である。
石は「魔石」と呼ばれていて、魔石に蓄えられたマナを使うことで様々な用途に利用できる大変便利な古代の遺物なのだから……。魔石を利用した古代の遺物も多数あるし、人の手によって作られたこのランタンのような商品も街で販売されている。
男は億劫だと言わんばかりによっこらせっと立ち上がると、ランタンを持ち歩き出す。
しばらく進み、草で覆われた区画まで来た男は草をかき分け階段を下って行く。この階段は遺跡の地下へと続いているのだ。
表層部は荒らされ尽くされているが、地下はまだまだ古代の遺物が残っている。もっとも、地下が一体何階まであるのか誰も知らないのだが……。
◆◆◆
――おかしい。
男は違和感を覚えていた。彼は遺跡の地下まで来た経験が一度や二度ではない。それ故、地下への入り口から多少の範囲の構造は把握している。
この通路は右に折れる以外道が無かったはず……しかし、今彼の目の前にはT字路になっているのだ。見たことのない左へ進む道が彼の目に映っていた。
進むべきか、それとも戻るべきか。男は迷うがすぐに行くべきだと判断を下す。これまで見たことのない道ならば、誰も到達したことがないはずだ。それならば、古代の遺物が眠っている可能性は高い。
もちろん、未踏というのとは、どんな危険が潜んでいるのか不明ではあるが……。
だが、男はそれでいいと思っている。自身の手に余る何かがこの先にあったとして、ここで朽ちるのも悪くはない。俺はただ余生を過ごしているだけなのだから……早く終わろうが遅く終わろうが変わりはないと。
益体の無いことを考えてしまったことで自棄になった男は、それを振り払うように首を振りランタンを掲げ左の道を進んでいく。
しかし、男の期待とは裏腹に数分立たぬうちに通路は行き止まりになっていた。
「何かあるはずだ……」
期待をあっさりと裏切られてしまった男はつい独白する。彼の期待は楽をして古代の遺物を得ることに過ぎない。
他の探索者のように未知の物に対する期待など、この男は欠片も持ち合わせていないのだ……。
それでも彼は諦めきれず、行き止まりを隅々まで照らす。
――人間の左腕か?
行き止まりの隅に転がっている白く細い腕。これほど埃っぽい場所に置かれているというのに、その腕には塵一つ降り積もってはおらず、白磁のように滑らかで汚れ一つついていなかった。
本来ならグロテスクささえ感じる人間の腕であったのだが、男は磨かれた壺のように綺麗な状態を保っているそれへ神々しささえ感じ手に取る。
肩口から切り取られた腕のようだが……。切り口をランタンの灯りで照らしてみる。
これは人間の腕ではない。男はすぐに気が付く。
何故なら切り口には血管や神経は確認できず、他の部分と同じように滑らかな肌色に覆われていたからだ。
「これは……人形か? いや、それにしては精巧過ぎる……これは、アーティファクトか!」
古代の遺物だとして、一体何に使うのだろう。義手? それにしては限定的だと男は思う。というのは、腕は子供の腕ほどの大きさしかなかったからだ。
男は眉間に皺をよせつぶさに腕を再び観察しようとした時、不意に浮遊感を感じる。
落とし穴か! 男がそう思った時には既に遅く、彼は真っ暗闇へ吸い込まれていった。行き先は奈落か、それとも――。
◆◆◆
自由落下しながらも、男は冷静に数を数えていた。自身に来る衝撃がいかほどか知るためだ。
しかし、数が三十を超える頃、男は数えるのをやめた。理由は至極単純で、これ以上の高さから落下すると助からないためである。
恨み言を言うわけでもなく、後悔や死の恐怖に震えるでもなく、男の胸にあったのは「達観」。これで終わる。いや終われると言えばいいのか。
男が自嘲した時、今度は逆方向の浮遊感を感じる。
そのままふわりと地面に着地した男は、不可思議な現象に顔をしかめた。
次に男が感じたのは眩しさ。地下の奥深くだというのに、この場所は昼間のように明るい。目を光で焼かれながらも周囲を見渡す男。
男が落ちて来た場所は、天井が三十メートルほどと高く、直径二十メートル程度の円形の台座がある空間だった。
円形の台座には複雑な文様が描かれており、中央に寝ころぶ人? の姿が見える。
男は光に導かれる虫のように、台座に脚をかけた。
「ワタシの腕を持ってきてくれたのですか?」
声。声がする。
見ると、やはり先ほど寝ころんでいたのは人間だったようだ。人間は十二歳くらいに見える少女だった。
金色の艶やかな長髪に、幼さの残る大きな目、愛らしい口。無表情に小首を傾げる様子は精巧な人形を彷彿とさせる。
「お前さんもここに落ちて来たのか?」
男は問いかけるも、少女はそれに首を横に振るだけだった。
彼の問いに「はい、いいえ」どちらとも取れる反応を見せた少女へ男は訝しむも言葉を続ける。
「腕? 腕とはこれのことか?」
「はい。よろしいでしょうか?」
何がよろしいのか? と男は逡巡するが、少女の求めに応じて彼女へ向け腕を掲げた。
驚くことの連続で男はよく見ていなかったが、改めて少女を眺めると確かに彼女に左肩から先に腕はついていない。さらに彼女の左目の部分には眼球がはまっておらずぽっかりと黒い虚ろが金糸のような髪から見え隠れしている。
腕と目の違和感が大きすぎて目立たなかったが、彼女の着ている服もおよそ外へ出るような服装をしているとは男に思えなかった。
一言でいうと、彼女の服は寝間着のようだったからだ。加えて言うなら靴さえ履いていなかったのだから……。