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お嬢様なんて柄じゃない  作者: スズキアカネ
さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。
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手柄横取りするのって情けないわ。


『いただきまーす!』


 運動部員の食事量は半端ない。男子も女子も勢いよくがっついていた。

 合宿初日の今夜の夕飯は豚の生姜焼き、切り干し大根、酢の物にリンゴ1切れだった。セレブ校なのに意外と庶民的なメニューだった。まぁ合宿の夕飯にオマール海老のコンソメゼリー寄せとか出てこられても困るけどさ。

 豚肉は生姜が効いててとっても美味しかったよ。


 ウマウマと食事を進めていると、男子のいるテーブルから「トミちゃんおかわり~」「めっちゃうまいよ」とあっちのマネージャーに声をかける声が聞こえてきた。


「私頑張って作ったもん当然でしょー」


 富田さんは自慢げにそう答えていた。

 2人でこの量だからそりゃ大変だよね。私も後で野中さんにお礼言っておこう。



 ちょっと休憩の後、夜練習が始まった。私は下っ端なので球拾いに集中する。


 先輩がスパイク練習をしているのを見た私はこっそりため息を吐く。

 …リベロを目指そうと思ってたけど、やっぱりスパイク打ちたいなぁ。高く跳びたいなぁ。…ジャンプ力ってどれだけ養えるだろうか。


「みんなぁ、頑張ってー!」


 そんな事を考えていると、男子バレーの練習しているコート側で富田さんが男子を応援する声が聞こえてきた。

 あの人元気だなぁ。

 でも元気じゃないとマネージャーなんて出来ないか。


 …そういえば野中さん、夕飯の時もいなかったけどどこにいるんだろうな。ご飯は食べたんだろうか。

 心配になった私は部長に野中さんの様子を見てきますと断って体育館を抜ける。どこにいるかなとあちこち探していたのだが、彼女は洗濯場で昼の練習で出た大量の洗濯物と格闘していた。


「野中さん!? 何この量!!」

「あ、二階堂さん」

「ていうかご飯ちゃんと食べました!? ずっと姿見えないから心配してたんですよ!」

「味見で少し食べたよ?」

「それは食事のうちに入りませんから!」


 こりゃいかんと思った私は炊事場に走っていき、余ったものはないか、すぐに食べられそうな食材を探す。

 余ってたのは残りの冷やご飯と切り干し大根や酢の物の余りくらいであった。大急ぎでおにぎりをこさえて余ったおかずをお盆に乗せると野中さんのもとに戻っていった。


「食べて下さい! 食べないと力出ませんよ!」

「大丈夫なのに」

「食べてる間に私が洗濯片付けますから!」


 野中さんの返事を待たずに、洗濯物を干そうと手を伸ばした。…手にとったユニフォームの大きさに私は思わず眉をしかめる。


「……これ、男子用ですよね?」

「ん? そうだよ?」


 それがなぁに? と言いたげな表情で首を傾げた野中さん。部員全員分となるとものすごい量になるというのに…!


「いやいやいや、男子分は富田さんの仕事でしょう? あの人男バレマネなんですから」

「あはは……先輩だからきつく言えなくて」

「いやおかしいでしょう! いつもあの人『私ぃ〜男子バレーのマネージャーだからそっちはノータッチなんでぇ~』って抜かしてるのに!」

「わぁ、ものまね上手だね。二階堂さん」


 こんなものまねで褒められても嬉しくないな。

 もー! 野中さんなんでこんなおっとりしてんの! こんなの真面目な人がバカを見るだけじゃないの! 私こういうのが一番嫌い!

 私は男子と女子分振り分けて女子分だけちゃっちゃと干すと、野中さんをその場に置いたまま男子のユニフォームの入ったカゴを持って立ち上がる。


「二階堂さん?」

「野中さんは女子バレーのマネージャーですよね? マネージャーのサポートで部員のモチベが変わることがあるんです。…8月の大会に向けてみんな真剣なんですよ? いくら先輩マネの指示でも、男子の分まで世話して、女子の方のサポートが疎かになったらまずいと思いません?」

「…それは」

「自分の仕事のマネジメントも重要ですよ」


 私は野中さんにそう指摘すると彼女の返事を待たずにカゴを手に持ったまま早歩きで練習場所の体育館へ戻っていった。

 体育館に入ると男子の練習スペースで男子部部長と楽しそうに話していた富田さんに声を掛ける。


「富田さん、男子部員のユニフォームの洗濯終わったみたいなんで、干すのはよろしくおねがいしますね」

「…は?」

「うちのマネの野中さん、ご飯食べれなかったみたいで今ご飯食べてるんです。男子バレーの雑務は富田さんの仕事だから、あとはおまかせしてもいいですよね?」


 はいっどーぞ! とその場に洗濯物の入ったカゴを置くと、私は女子バレーの部長の元へ声を掛けに行った。

 もしかしたらだけど…この様子だと食事も野中さんが大部分を一人で作って、富田さんは簡単な仕事だけをしていたんじゃないかなと思っている。配膳とかね。

 

 今は断定できないので私の心の内に収めておくけど…仕事の押しつけはいかんわ。



 なんか富田さんがコッチをきっつい目で睨んで来たけど、私は気づいていないふりをしてボール拾いの任務に戻った。





「あっつーい」

「エリカ? どこいくの。そっち部屋じゃないよ」

「冷蔵庫の牛乳取ってくる。夜の分まだ飲んでないから」

「あんたも飽きないねぇ」


 女子バレーの面々は大浴場で入浴を済ませた。夏だからか仕方ないけど暑いな。

 今から顧問・コーチや部長・レギュラー陣のみミーティングなのでペーペーの私達1年は就寝時間まで自由時間となる。先輩方のお布団敷くとかその程度の任務しか無い。


 8月にバレーのインターハイが行われる。それに出場した後は大体の3年生が引退となるのだ。なのでレギュラー陣はそれに賭けている。(実業団や大学でバレーをする予定の3年生は引退せず、継続して部活を続けるけど)

 そのバレーの大会まであとわずか。応援として私も同行するが、同じくインターハイ出場が決まっている誠心高のチームメイトとバッティングするだろうか? …したとしても向こうは私が笑だなんてわからないんだけどね。

 …誰が私の代わりに入ったのかな?

 私がレギュラーに選ばれた途端、当たりがきつくなったあの人かな?


 …ううん、暗くなるから考えちゃ駄目だ。


 1月の春高大会に私も出場できたら良いな! あ、でも先に予選突破しないと駄目なのか。…うーん、レギュラー入り出来るようにもっと頑張んないとな。

 無理やり思考を切り替えると、私はその足で冷蔵庫のある炊事場に向かった。



「…どういうつもり? お陰で皆に疑われたじゃないの」

「えっと…」

「あんたは望んで仕事してるんでしょ? 黙ってやってればいいのよ。先輩に逆らうなんてありえないからね!」


 炊事場前に到着すると中からそんな会話が聞こえてきた。ギスギスした富田さんと萎縮した野中さんの声である。

 私は(やっぱり…)とげんなりしながら、そこに突っ込んでいこうと動いた。だけど、そのタイミングでガシッと後ろから肩を掴まれた。


「!?」

「シー…」


 唇に人差し指を当てて静かにするようにジェスチャーする二宮さんに引き止められたのだ。この人なんでここにいるんだろうか。

 そもそも何だその気障な仕草。いまどきそんな仕草する人いるの? 

 そう突っ込みたかったけど静かにしろと指示されたから私は口を閉ざす。


 中ではまだ話は続いていた。


「お、お言葉ですが、私は女子バレーのマネージャーです。このままでは女子バレーの方のサポートがおろそかに」

「はぁ!? そんなのどうでもいいし! それはあんたの能力不足でしょ!」


 なんて勝手な言い分なんだ。仮にもマネージャーが、女子部の試合の行方はどうでもいいなんてよくも言えるな…。

 …富田さんの自己中な発言に苛ついたのは私だけじゃなかったようだ。


「…富田先輩、いつも男子の分の仕事しかしないと仰ってますよね。私も今後女子の分の仕事しかしません…それじゃ失礼します」


 野中さんの声は震えていた。その声には怒りと恐怖がせめぎ合っていて…。精一杯の勇気を出した風に聞こえた。

 野中さん! 偉いぞよく言ってやった!


 話を終わらせた野中さんは踵を返して炊事場を出ようとしていた。私はというと二宮さんに引っ張られて、彼女たちに見つからないように影に隠れた。

 もしかして二宮さんは…野中さんからちゃんと富田さんに苦言を言わせたほうが良いと思って私を止めたのだろうか。


「ちょっと!!」


 富田さんの引きとめようとする声が聞こえてきたが、野中さんは止まらずに立ち去っていった。

 普通ならマネージャー同士同じ部屋なんだけど、野中さんは女子部員の私達と同じ部屋なんだよね。多分富田さんと同室なのは息苦しいからなんだと思う。


 富田さんが悪態つきながら炊事場を出ていったのを見送ると、私と二宮さんは安心したようにほぼ同時で息を吐いた。


「ごめんね。びっくりさせて」

「ホントですよ。…二宮さん何してるんですか?」

「二階堂さんがうろついてたから道に迷ったのかなと思って声かけようと思ったんだよ。そしたらマネージャー同士の喧嘩が起きてたからさ…あーでも納得したな」


 二宮さんが言うには、富田さんが男子バレーのサポートを良くしてくれるのはわかっていたが、合宿の時いつ洗濯や調理をしてるんだろうなとぼんやり疑問に思っていたとのこと。

 

 …あれで富田さん納得したのかな。

 明日の朝ごはん、ちゃんと分担して作るのだろうか。

 明日の事が今から心配になってきたぞ。



 誰もいなくなった炊事場に入っていく私に着いてきた二宮さんは、私が冷蔵庫から1リットルのパック牛乳を取り出すとブハッと吹き出して身体をくの字にして笑っていた。


 笑いが止まらない彼を放置して、私は牛乳の注ぎ口に長いストローをぶっ刺すとそれを持って女子部の部屋に戻っていったのだった。


 見てろよ、今に私は大きくなってみせるから。

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