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お嬢様なんて柄じゃない  作者: スズキアカネ
さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

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終焉。


「良いですか? いきますよ二宮さん!」

「おうよ!」

「「エクスペ○ト・パトローナム! いでよ守護霊!」」


 どうも、いい年して魔法使いごっこしている松戸笑(享年17)です。

 合宿最終日夜、皆で花火をしていて思ったのだ。バレー部生じゃない友人に楽しかった思い出をお裾分けしようと。なので、花火で守護霊を喚んでいる動画を阿南さんに撮影してもらった。協力者はノリの良い男バレ生二宮さんだ。

 撮影した後に思ったのはネタがわからないとつまんないよねってことだ。でもまぁ細かいことはどうでも良い。深く考えずに幹さんに送信しておいた。

 これを慎悟に送りつけたら何アホやってんだよと、過去最高に馬鹿にする目で見られるからあいつには絶対に送らないよ。絶対にだ。

 もう既にぴかりんから「なにやってんだ、こいつ」みたいな視線を送られているけど、こういうのは楽しんだもの勝ちなのよ!


 

 合宿を思いっきり満喫し、3泊4日の強化合宿は無事終わった。8月の頭にあるインターハイまで残りわずか。毎日部活動で練習して、コンディションを整えないとね。


 初戦は別の都道府県の高校と当たるけど、何とか突破したい。ここ十数年、英学院は初戦で敗退しているから、まずはそこを乗り越えなければならない。

 依里とはあんな約束をしたけど、インターハイの舞台で対戦できるとは思ってはいない。英の実力はまだそこまで追いついていないからだ。…だけどせめて2回戦進出は果たしたいと考えている。

 今回はスターティングメンバーとして試合に出るが、奥の手ダブルスパイク攻撃を使う機会もあるかもしれない。コーチに指導されながら、セッターの桐堂さんとその練習をしたから……ちょっと時間が足りなかった気もするが、本番でそれが役に立てばいいな。



■□■



「じゃあ行ってくるわね、えっちゃん」

「何かあったら私の兄さんに連絡して。それと家には家政婦さんが常時滞在してくれるから。それと警備会社の電話番号は」

「もうわかってる、大丈夫だから。行ってらっしゃい」


 インターハイ目前のとある日、二階堂パパママはお仕事で東南アジアの某国へ仕入れと取引のために出かけて行った。いつもはパパだけ社員同行の元で出張するらしいけど、今回に限っては現地でパートナー同伴必須のパーティとかにも参加するから、2人揃っての海外出張なんだってさ。

 家を空けがちになってしまうのは大変だけど、昔からこんな風に娘を1人にしていたのだろうか。そりゃエリカちゃんも寂しいと思うわ。…傍に頼れる大人がいなくて婚約者に依存してしまうのもわからんでもない。


 2人の帰国は早くても今月末。もしかしたら9月になるかもなんだって。仕方ないけど少し寂しいな。魂的には2人とは赤の他人だけど1年も経つから、それなりに情が湧いてきたし。

 2人からしてみたら私は娘の体を乗っ取る他人のままだろうけどね。


 パパママを玄関先で見送った後、私はインターハイ遠征のための準備をしに部屋に戻った。



 ──ズキッ…!


「っ…」


 …まただ。夏休みに入ってから頻発するようになった胸の痛み。

 特になにか激しく動き回ったわけでもないのに胸が強く痛む。気になって二階堂ママに既往歴を確認したけども、エリカちゃんに持病はないと言っていた。だから多分たまたまだと思うんだけど…

 私は心臓があるであろう場所を撫で擦って深呼吸をすると、痛みをごまかした。








「よーし! みんな気張ってけよー!」

『はいっ!』


 顧問の激励にスターティングメンバーたちが元気よく返事をした。

 インターハイ開幕前日に関係者全員で会場近くのホテル入りして、とうとうその日を迎えた。これから数日間に渡って日本一の座を争うのだ。

 やっと、やっと選手としてインターハイに出場できるってことが何よりも嬉しくて開会式で泣いてしまったのは秘密である。私は高1の秋からレギュラー入りしたから、夏のインターハイでは戦ったことがなかったの。もう感無量。興奮して昨日はいつもより1時間寝るのが遅くなったけど、体調は万全である。

 ストレッチも丁寧にしたし、筋トレで下半身強化もできた。膝のテーピングもしっかりしてもらった。秘技ダブルスパイクの練習もしたし、あとはメンバーと協力して戦うだけだ。全員で円陣を組んで気合を入れ直すと、コート前に並んで対戦相手と挨拶を交わした。 

 相手チームにサーブ権が渡り、開始の笛の音とともに試合が開始された。相手がサーブを放ったタイミングで、私はアタックライン内に入り、攻撃体制を整える。


「エリカ!」


 セッターの桐堂さんが打ちやすいトスを上げてくれた。私は地面を強く踏み込んで高く、高く跳び上がる。長い髪がない分、今までよりも軽々と跳べているのは気のせいじゃないと思う。

 右手をおおきく振りかぶって、ボール目掛けて攻撃アタックを仕掛けた。

 私の放ったスパイクは相手ブロッカーの手をすり抜けて相手チームコートにバウンドした。英側にポイントが入る。


 手に当たるボールの感覚。

 地を強く踏みしめるこの感じ。

 宙を浮かんで風を感じるこの瞬間が私は好きだ。

 

 私は今、生きているのだ。



 大きな体育館の天井に取り付けられた照明が目にあたってチカチカとする。ジワリと視界が滲んできたので、私は手首につけたリストバンドで涙を拭った。


 やっと、やっとこの舞台に立てた。




■□■



「お前たちよくやったな! だが油断せずに次の試合に挑めよ」


 私達は1回戦を突破した。

 長年インターハイ初戦負けを続けていた英学院女子バレー部は久々に2回戦進出を決めたのだ。目標達成できた部員達だけでなく、顧問やコーチも嬉しそうだ。コーチなんて涙目になって感動している。

 私達英女子バレー部は次の試合までしばらく待機だったので、試合場所から離れて移動していた。時間があれば誠心の試合を観戦したいけど、誠心との試合のタイミングが合わなかった。残念だ。

 だけどきっと依里なら怒涛の攻撃で相手チームを圧倒しているに違いない。



「笑さん、2回戦進出おめでとう」

「おぉ! ほんとに来たんだ慎悟」

「…なんだよ。来ては駄目なのか」


 待機場所に入った私に声を掛けてきたのは慎悟だ。彼は制服でもスーツでもない私服姿で、今日は一人で来たようである。動植物園の時も思ったけど、私服もお坊ちゃんっぽいよね。慎悟は正真正銘のお坊ちゃんだけど。

 私は慎悟がここへ応援に来たことを純粋に驚いて声を上げたのだが、慎悟にはそれがマイナスな意味に聞こえてしまったらしい。

 違うよ。インターハイ開催地は他県だよ? 本当に手間暇かけてやって来るとは思わなかったの。びっくりしただけだよ。


「違うって。応援しに来てくれたんだよね? ありがと」

「…来るって言っただろ。……すごかったよあんた」

「なに急にー? 慎悟が褒めるとか…明日雪が降るんじゃなーい?」

「失礼な。褒めたのに憎まれ口を…」


 だってそうじゃん。慎悟は私のこともエリカちゃんのことも貶すじゃないの。いきなり褒められると素直に受け取れないわ。 

 チームメイトらが待機場所で座って休憩したり歓談しているその隅で私達は話していた。


「冗談だってーえへへ、ありがと」


 私は浮かれていた。インターハイの舞台に立つその夢を叶えた上、英女子バレー部の目標である初戦突破、2つの夢を叶えた事でこの上なく浮かれていた。

 ニコニコと笑っていると、慎悟が「喜ぶのはいいけど、浮かれてると足元掬われるぞ」とごもっともな事を言ってきた。

 そうなんだけど……顔が……


「だって夢が叶ったんだもーん…私もう死んでもいい…」


 ──ドッ!


「うっ!?」

「…笑さん?」


 また、胸が苦しくなった。

 ドッ……ドッドッ…ドッと不規則に動くエリカちゃんの心臓。私は胸を抑え込んでしゃがみこんだ。苦しい、何これ。いつもの痛みよりも苦しい。

 同時に霧がかかったように意識が薄れ始める。


「おい!? どうした、苦しいのか!?」


 血相を変えた慎悟が私を抱き起こした。大きな声で声掛けをしてくれるが、それに応答する余裕がなかった。


 私は思った。

 その時がきたのかって。


 理論とか常識とかそういうものではないけど、そのうち私はこの体から出て逝くことになるんだろうってわかっていた。

 だってこの体はエリカちゃんのものだから。エリカちゃんがくれたとはいっても、私がいつまでも使っていい訳がない。

 でもせめてインターハイが終わってからにして欲しかった。


 そうか、私はまた死ぬのだな。

 今度はしたかった事を全部叶えて、夢のインターハイの会場で死ぬのか。


 …それは私にとって幸せなことなのに、死ぬのは怖い。

 まだ、死にたくはないと思うのはワガママなのだろうか?


「加納どけ! 一旦電気ショック与えるから!」

「はぁ!? 何言ってるんですか工藤先生!」

「このまま放っておいたら死ぬぞ! おい二階堂、死ぬなよ!」


 身体を床に横たえられ、着ていたユニフォームを捲りあげられた。年頃の女の子に何すんのとか文句を言う気力もなく、私はひたすら胸の痛みと苦しさに喘いでいた。

 …だけどここでこのまま逝くのは忍びない。

 残された力を振り絞り、傍にいた慎悟の手を握ると、慎悟がハッとしてこっちに目を向けた。最期まで迷惑かけてゴメンね。

 …私の最期の言葉を彼に託す。


「…お礼、」


 掠れ声になっていただろう。なんとか聞き取って。


「ありが…とう、って…」

「笑さん…!」

「加納離れろ!」


 工藤先生に身体を押されて慎悟が尻餅をついていた姿を見た次の瞬間、全身に強い電気が走ったのを感じた。


 さっきまで不自然だった心臓の動きも、周りの声も何も聞こえない。





 私の世界はまた、真っ暗に変わった。





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