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お嬢様なんて柄じゃない  作者: スズキアカネ
さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

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私はもっと高く跳べるはず。


「に、二階堂さん、うま○棒好きなんだろ。これやるよ」

「わぁぁ! 全部くれるの?」


 教室にあの3年男子がやってきて私を呼び出してきた。昨日のロリ巨乳に対するセクハラ発言戒め事件のことで、今になって文句言いたくなったのかなと思ったら、う○い棒特大パックをくれた。迷惑を掛けたお詫びの品を持ってきたらしい。

 ていうか私がこれ好きだって噂が学校中に流れてるの? なにそれこわい。別に3度の飯よりもう○い棒が好きってわけじゃないけど、こういうの貰うと興奮しちゃうよね。だってうま○棒の抱き枕みたいじゃん!

 3年男子を見上げて「ありがとう!」とお礼を言うと、彼は照れくさそうに笑っていた。なんだよなんだよ! 実は話のわかるやつなんじゃないか!


「それでさ…」

「授業が始まるのでもういいですか」

「…加納、あっテメッ」


 3年男子がなにか言いかけた瞬間、私の視界を黒い背中が遮った。それと同時に3年男子の顔が見えなくなった。

 目の前で3年男子を追い払って教室の扉をピシャリと閉じてしまったのは同じクラスの慎悟だ。 

 私は呆然と慎悟を見上げた。


「…ちょっとあんた何してんの…」

「……駄菓子で釣られるとは随分安い女だなあんた」

「はぁ?」


 なんて人聞きの悪い。贈り物をありがたく貰って何が悪いの。

 せっかく一般生がこっちに歩み寄る姿勢を見せてくれたのに、なんであんたは喧嘩を売るような態度を取るの。


「慎悟、今の態度は良くないね。相手は3年だよ? それに友好的な態度の一般生に失礼すぎじゃない? 慎悟は一般生だからと言って差別するような子じゃないでしょ?」

 

 今の態度は良くない。私は年長者として慎悟の行動を窘めた。…だが慎悟は眉をピクリと動かすと鼻を鳴らすと、皮肉げに笑っていた。


「…友好的ねぇ…」

「なによ」


 慎悟は私を見下ろして、また小馬鹿にするような目を向けてきた。何だよ言いたいことがあるならハッキリ言えばいいのに。しかも鼻で笑ったな今。

 …セレブのエリカちゃんの立場でうま○棒を貰ったのが気に入らないのか? いやでも…慎悟は市販のお菓子も食べるから、駄菓子を嫌悪することはないよね。この間コンビニのチョコレートあげたら食べていたもん。


「…もしかして、慎悟もうま○棒が食べたいの?」

「……何故そうなる」

「なーんだ! 言ってくれたら分けてあげたのに〜」


 大袋を開けて、数本取り出すと慎悟の手に乗せた。ちょうだいって素直に言えない年頃なのね。そんな恥ずかしがらなくてもいいのに。

 分けてあげたら喜ぶと思っていたのだが、慎悟は凍てつくような目で私を見下ろしていた。その目によって身体が凍ってしまったように私はフリーズしてしまった。

 こっわ! 何その目! 今までにも散々馬鹿にした目を向けられたけど、それは新しいね! え? 甘くないから気に入らないの? 

 この中に甘いのは…大袋の中に手を突っ込んで漁っていたら、シュガーラスク味が出て来たのでそれを差し出すと、慎悟はそれを受け取ることなく自分の席にスタスタと戻っていった。

 …おーい? 甘いのだよ? ……チョコレートじゃないと駄目なのか? 授業終わったら売店で買ってこようか。


 慎悟はその日、口を聞いてくれなかった。売店でわざわざチョコレートを買ってきたのに。チョコレートをちらつかせても無視された。仕方なく制服の胸ポケットに無理やり突っ込んだら睨まれた。



■□■



「そうね…えっちゃんがそうしたいならいいわ。ずっと叶えたがっていた夢だものね。あの子も分かってくれると思うわ」

「ありがとうママ!」


 7月に入って暫く経ったある日、私は二階堂ママに相談をしていた。

 そう、髪の毛のことだ。エリカちゃんのこの長い髪をインターハイ試合のために切っても構わないかと相談していたのだ。8月の頭にインターハイ出場が決まっていて、怪我の経過も良好の私はレギュラー出場することが決まっていた。

 …これが最期なのだ。お願いしてみたら二階堂ママは私の気持ちを汲んでくれた。

 

 テスト明け辺りに切りに行こう。どうしようかな。ショートカットにしても可愛いけど……この際だ。私と同じ髪型にしようかな。ショートボブカット。

 エリカちゃんの通っていた美容室は…話し合わせるのが面倒だし、適当にネットで探そう。




 テスト最終日、私はご機嫌だった。

 決してテストに自信があるからではない。私にそんな事を期待してはいけないってものだ。

 

「二階堂さん、今日は部活ないの?」

「今日まで休み」

「じゃあお茶にでも行かない? 甘い物ごちそうしてあげるよ」


 浮かれ気味に下駄箱で靴を履き替えていたら、後ろから上杉に声を掛けられた。

 …そうだ、髪を切ればコイツに髪の毛を触られて、そのたびにゾゾゾっとする必要もなくなるのだ! 維持も大変でバレーの妨げになり、エリカちゃんの貞操の危機でもあったこの髪の毛。それも今日でおさらばさ!

 ニヤリ…と頬が持ち上がるのが抑えきれない。髪を切ったときのコイツの反応が楽しみだ…


「…いらない。今から美容室に行くから。バイバイ」


 私がニヤリと笑ったのに上杉は不穏な何かを感じたようだが、私は引き止められる前に奴の前から姿を消した。

 学校前まで迎えに来ていた二階堂家の車に乗って、いつもとは違う道を走ってもらった。美容室前で下ろしてもらうと、私は意気揚々と美容室の扉を開いた。



 軽い…楽!

 エリカちゃんの髪しっかりしているからスタイリングも楽。私猫っ毛だったから寝癖直すの大変だったんだよね。

 早速運転手さんにお披露目すると「イメチェンですね。よくお似合いで」と褒めてもらった。

 そう、エリカちゃんは美少女だからショートボブでも可愛いの! 

 明日からまた部活も始まるし、これで試合に向けて集中できる。…返却されるテストのことは…うん、多分クリアするはず。



「おっはよー!」

「…エリカ!? どうしたのその髪!」


 教室に入って挨拶をすると、ぴかりんがぎょっとした反応を見せた。まぁそうか。エリカちゃん髪の毛長かったもんね。びっくりしちゃうか。

 

「似合う〜? インターハイに向けて切ってみたの」

「…似合うけど、折角の綺麗な髪が…」

「髪はまた伸ばそうと思えば伸ばせるもん」


 まだ疑わしいと思っているのかぴかりんが襟足を触ってくる。だけどそれがカツラではなく、髪の感触だと理解するなりそっと手を下ろしていた。


「随分思い切ったね」

「…また誠心と戦うチャンスが巡ってくるかもしれないじゃない。ジャンプすると髪が邪魔だったからね。バレーのためには致し方ないよ」


 他にも色々理由はあるけど、バレーが一番の理由だ。この夏のインターハイは私の最期のチャンスだと思っている。なんとしてでも私は戦い抜きたいのだ。


「…あんた、死んだ人のこと」

「違うよ。私は誠心の小平依里と約束したの。インターハイでまた同じコートで戦うって」


 別に死んだ自分に義理立てしてるわけじゃないよ。私は私のために戦うの。ただそれだけのこと。

 ──ドサッ

 ぴかりんと話していると、背後で重いものが落ちた音がした。


「……?」


 不審に思って振り返ると、さっきのぴかりんの驚き顔よりも更に驚いた顔をした慎悟が学生カバンを床に落として固まっていた。驚いた顔も美少年だ。いいな、顔の整っている人はそんな顔をしても美人なのだから。


「おはよう慎悟。カバン落ちたよ?」

「あ、あ、あんた、か、髪…」

「あぁ、ママからはちゃんと許可取ったよ。ショートボブなエリ…私も可愛いでしょ!」

「エリカ…ナルシストなのはいいけど、せめて隠しておきなさいよ」

 

 ぴかりんから指摘された。

 ちがう。私はナルシストじゃない。中の人は別人だからナルシストではないのよ!

 髪を切った事をキメ顔で報告したら、慎悟は焦れた様子でツカツカとこっちにやってきて腕を掴んできた。力の加減ができていないのか二の腕が締め付けられるような痛みを感じたが、文句を言う前に慎悟が引っ張ってきた。仕方ないので黙って後をついていった。



「あんたは馬鹿か! 髪は女の命なんだって言っただろうが!!」

「別に丸坊主にしたんじゃないから良いじゃないの」


 人気のない屋上前の階段まで連れてこられた私はバカ扱いを受けた。そんな大げさな。今の時代ショートカットの女性は山ほどいるのよ。髪が短くて迫害を受けるような世の中じゃないのだから考えすぎだって。


「ほらぁー慎悟は知ってるでしょー? 私がインターハイに燃えてるって」

「知っているけど! だからって切ることないだろ!」

「慎悟が長い髪を好きなのは分かってたけど、私も真剣なんだよ。…それに上杉に触られるのが本当に嫌だったし。本当にストレスだったの」


 後半は真顔で言ったのだが、それを聞いた慎悟もつられて真顔になっていた。

 わかってくれたか兄弟。


「…この髪型私と同じなんだよ。頭がすっごい軽くて。すっごく楽。…私もっともっと高く跳べそうな気がする!」

「……」


 私は早くバレーがしたくてたまらなかった。もっと高く跳べたらきっといいスパイクが打てると思うんだ。慎悟ならその気持ちを理解してくれるはずだと思っていた。

 …だけど慎悟は手のひらで顔を覆って項垂れている。とても悲しそうに見えるのは多分、目の錯覚ではないな。

 ごめんよ。慎悟の好きな人の身体を好き勝手いじってしまって。でもエリカちゃんに身体を返せばまた元に戻るさ。


「…大丈夫だよ慎悟、髪はまた伸びる」

「…そういう意味じゃなくて」

「エリカちゃんに戻ったら、きっとまた髪は伸びるよ。そしたら今度は恥ずかしがらずに言ってあげな」

「……え?」


 エリカちゃんの綺麗な髪の毛が好きだったんだろう? ちゃんと本人に伝えてあげるんだよ?


【キーンコーンカーンコーン…】


 慎悟が顔を上げたその時、予鈴のチャイムが鳴り響いた。やばい。遅刻してないのに、教室に入っていないことで遅刻扱いになるじゃないの!


「戻るよ! 遅刻になっちゃう!」

「おいっ、笑さん!?」 


 慎悟が何かを言っているが、今はそれに構う暇はない。私は教室を目指して階段をダッシュで駆け下りた。



■□■


「……………二階堂さん?」

「いかにも」

「……髪……」

「切った髪の毛は綺麗で勿体無いので、カツラにして譲渡することになってます。残念でしたー」


 ショートボブカットなニューエリカちゃんである私は廊下で上杉とすれ違った。上杉は一瞬スルーして横を通り過ぎようとしていたが、エリカちゃんセンサーで何かに気づいたらしい。一旦立ち止まるとバッとこちらを見て、驚愕の表情を浮かべていた。腰まであった長い髪が短くなっていることを理解すると、上杉は青ざめていた。

 どうだ、エリカちゃんの髪フェチ上杉君。今の気持ちはどうだ? ははは。ざまぁ。我ながら性格悪いなと思いつつも、想像していた通りの上杉の反応に内心小躍り状態。

 自分が行ったのはそういう活動に協賛している美容室だったから手続きは簡単だったよ。病気の治療で髪の毛がない子供はロングヘアに憧れるらしい。美容師さんが良いカツラができそうだって言ってた。折角だから切った後も役に立てば誰かがハッピーになれるじゃないか。

 ニヤニヤと上杉の反応を眺めて思う存分楽しんだ私はショック状態の上杉をその場に放置して、部活に向かった。



 梅雨は明けて、夏本番の暑さがやってきた。今月下旬には夏休みに入り、インターハイ前の強化合宿が今年も行われる。今年も楽しい合宿を過ごせると良いな。


 …もうちょっとでインターハイだ。それが終わったら。


 今度こそ悔いはなく、私は逝けるだろう。


 

 



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