5.同盟会議
「……というのが、レンジの言い分ですが」
今月19日、横浜の倉庫で起こった事件――。
三納タケヒコが、石川県の事情と王生レンジから聞いた話を整理した上で、会議の出席者に伝えた。
「明間ミチロは爆発に巻き込まれて死んだはずだ……と」
「でも……実際には、明間ミチロの死体は出てきていません。……レンジさんが倉庫を出てから、爆発までの時間はどれぐらいですか?」
「……1分あるかねぇかだな」
「……」
安念ユリは手元のパソコンの画面を操作し、覗き込むと……その場にいる全員を見渡した。
「こちらの調査によると……明間ミチロは新潟県の強化人間計画の、初期の実験体です」
「強化人間計画……?」
幸道ユキチの言葉に、ユリはゆっくりと頷いた。
「原発事故により突然変異で生まれた新タント……。これを人為的に造り出し、不死身の兵士を大量に輩出するという計画です」
「なんと、馬鹿な……」
ユキチは溜息をついた。
「安全性あっての原発だ。わざわざ汚染させて造り出すなど……」
「新潟県は現在、この試験的に作り出した新タントを、護衛や兵隊としていろいろな組織に法外な価格で貸し出しています。川口組も、そんな組織の一つだったようですね」
「まぁ……並の人間じゃ……あれは太刀打ちできねぇだろうなあ……」
レンジが珍しく、深い溜息をついた。……相当厳しい戦いだったようだ。
「それほど……ですか」
「KANAZAWAの弾丸も、すべて身体一つで受け止めやがった。通じたのは、こいつの刃ぐらい……」
腰に差している日本刀を取り出すと、すっと鞘を抜く。ギラリとした刃がシャンデリアに照らされ、妖しい光を放った。
「……あのぉ~」
それまでずっと黙っていたマドカが、ひらひらと手を振った。
「何ですか、お嬢ちゃん」
「マドカよ。オバ……ユリさん」
マドカがにっこりと微笑む。ユリはピクッと眉を吊り上げた。
「それだけ盗み聞きが上手なら~、川口組に新潟県が関与してることぐらい、知ってたんじゃな~い?」
「……」
「どうして同盟を結んでる石川県に教えてあげなかったの~? レンジさんが可哀想ぉ~」
「……せめて斥候と言ってほしいわ、マドカちゃん」
ユリが顔をひきつらせながら微笑んだ。
「……(こえ~)」
「……(黙ってろ……レンジ)」
「……(お前、どっちが勝つと思う?)」
「……(い、い、か、ら、黙ってろ)」
タケヒコに足を踏まれ、レンジはしぶしぶ口をつぐんだ。
「明間については、新潟県を飛び出し、単独で仕事を請け負っていたようなの。組織には属せず……」
「え!? んなバカな!」
レンジが大声を出した。
「……何がですか? レンジさん」
「奴は小型のデーモン・コアを持ってやがったんだぞ? 新潟県がウラについてるに決まってんじゃねーか」
「えっ……」
ユリは慌てて自分のパソコンを検索し直した。
「デーモン・コア……確かに、新潟県で小型化に取り組んでいるとは聞いています。これが成功すると日本全国に不死身の傭兵を派遣できることになり……大変危険です。それを……明間ミチロが持っていた?」
「おうよ」
「……福井県は、何か把握していますか?」
ユリの問いかけに、ユキチは首を横に振った。
「原発の近くでないと生きられないはずの新タントが……なぜか広範囲で活動している、ということぐらいかな」
「適応能力の高い個体によっては、そういう者がいるとは聞いています。しかし……それでも、永久ではない。もしそれが本当なら……」
「そんなにすごいんだぁ~、デーモン・コアって~。あんな小さいのにね~」
マドカが驚いたように目を見開く。
ユリはちらりとマドカを見ると、次にタケヒコの方に振り返った。
「三納さん。やはり……明間を逃したことは、かなりの痛手です」
「……ちっ……」
「……ですよね」
舌打ちをするレンジの横で、タケヒコが深い溜息をついた。
「NUKAが除染に効く、ということも知られてしまいましたし……」
「知られたところで、どうしようもねぇだろ? ウチだけのもんなんだからよ」
「――いいえ」
ユリは再び自分のパソコンに目を落とすと、何やらパチパチとキーボードを叩き始めた。
「……石川県だけではありません」
「え?」「マジか?」
男二人の声がシンクロする。ユキチとマドカも、興味深そうにユリの手元を見つめていた。
「新潟県佐渡市には、『河豚の卵巣の粕漬け』というものが……。そして、福井県高浜町には、『福のこ』という似た料理があります」
「えっ……」
「ウチにも、あるのか……!」
ユキチが驚いたように声を上げた。
「ええ。石川県のものとどう違うのかまでは……調べてみないとわかりませんが……」
「……」
「三納さん」
ユリはじっとタケヒコを見つめた。
「もし明間が新潟に戻っていたとしたら……このことは、必ず新潟県に伝わります。佐渡で研究を始めるかもしれない」
「……」
「横浜の事件後、富山県からはすぐに斥候を派遣しましたが……。佐渡を早めに制圧した方がいいかもしれません」
「……なるほど」
タケヒコは深く頷いた。
「少し……考えてみます。安念さん、佐渡に関する情報については……」
「『川の長徳』の許可が得られ次第……必ず」
「わかりました」
ユリは、今度はユキチとマドカの方に振り返った。
「原発と糟漬け……福井には、この二つが揃っている訳です」
「そうねぇ~」
ユキチの代わりに、マドカが頷いた。
「新タントと『福の子』の実験……やってみる~? パパぁ~」
「何を……。わたしは、新タントには反対の立場だ!」
「でもぉ、敵を知らないとぉ~、闘えないわよね~。でしょぉ? ユリさ~ん」
「……そうですね。……まぁ、間違っては……いませんが……」
「じゃあ、この件は……マドカの担当でいい? パパぁ」
「ん……まぁ、構わんが……」
「わーい!」
マドカは嬉しそうに声を上げると、バンザイをした。
――この子はヤバい。
本能的にそう察したユリは、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。