4.同盟会議、その前
「はぁーあ……メンドクセ……」
黒い作務衣姿の王生レンジは、ブツブツ言いながら車を降りた。
富山駅のすぐ近くにあるEホテル――そのエントランス前だ。
「何でジジイの面を見に、わざわざ……」
「あ……言ってなかったな」
続いて降りてきたのは、三納タケヒコだった。濃いグレーのスーツをビシッと着こなしている。
そして二人の乗っていた車が走り去った後も、続々と車が到着する。すべて、石川県のタケヒコについている護衛のものだった。
「妖怪ジジイは表に出ない。来るのは女だ」
「女あ? ジジイの?」
「違う。裏専門の長徳の代わりに表を仕切る、安念のアタマだ」
「アタマが女なのか?」
「そうだ。去年ダンナが死んで、跡を継いだらしい」
二人が部下と共にホテル内に入ると、待ち構えていた濃紺のスーツの男が深く会釈をした。
「ご無沙汰いたしております」
「ああ……田口さん、でしたよね」
タケヒコは軽く会釈をした。レンジも顎だけで挨拶をする。
そんなレンジに顔をしかめることもなく、田口は丁寧に頭を下げた。
「会場は15階になります。……どうぞ」
「あの田口って奴……結構トシだよな」
エレベーターの中で、レンジはポツリと呟いた。
「先代の片腕だ。そのまま安念ユリについているんだろう」
「ふうん……」
レンジはつまらなそうに相槌を打った。
(ジジイがババアに変わったところで、何の面白味もないけどな)
エレベーターが15階に着く。
レンジが頭をボリボリ掻きながら先頭を切って降りると、目の前には白いスーツを着た女が立っていた。
すらりとした、かなり人目を引く美女だった。露出の少ないパンツスーツにも関わらず、そのスタイルの良さが際立っている。
「……ようこそおいでくださいました」
女が会釈をする。少しウェーブのかかった髪がさらりと流れ落ちた。
「お、いい女……」
レンジが思わず呟くと、隣のタケヒコが肘でゴスッとどついた。
「いってぇ、何す……!」
「――お誉め頂いて恐縮です。安念ユリ、と申します。……初めまして、王生レンジさん」
「………………」
「三納さんも、お久しぶりです」
「ご無沙汰ですね、安念さん。噂はかねがね……」
タケヒコが丁寧に会釈をする。
ボーっとしていたレンジはハッとすると、ビシッとユリを指差した。
「え――――――! ババアじゃねぇ!」
「……この、馬鹿――!」
堪忍袋の緒が切れたのか、タケヒコがレンジに豪快な拳骨を食らわせた。
「いってーな! タケ、ちゃんと言っとけよな!」
「聞く耳持たなかったのはレンジだろうが! 恥をかかすな!」
「若い女なら話は変わってくんじゃねぇーか!」
「――何が変わるんです?」
鋭い声が、二人の間を突き抜ける。
見ると、ユリが微笑んでいた。
しかし、そのこめかみには……うっすらと青筋が浮かんでいる。
「私は先代から『山の安念』の長を、正式に任命されています。男と女とか、年寄りとか若いとかは関係ないはずですが」
「え……いや……」
「何かご不満でも?」
「…………」
若くていい女、と褒めたはずなのに、どうやら盛大に機嫌を損ねたらしい。
さすがにそう察したレンジは、珍しく口をつぐんだ。
ユリはちょっと息をつくと「こちらへどうぞ」と二人を会場の方へと案内した。
「あ……幸道様」
ホテルの入り口にいた田口は、恰幅のいい男に近づくと、深々と会釈した。
「どうも、田口さん」
「ご無沙汰いたしております。……で……」
田口の視線が、幸道ユキチからその隣にいる小柄な少女の方に移った。
「わたしの娘だ。マドカという」
「こんにちは~」
ピンクのふわふわした服を着たマドカは、にっこりと微笑んだ。
「どうしてもついてきたいと言ったんでね」
「そうなのー。でもマドカも、お仕事一つ任されてるから、部外者じゃないわ」
「そうだね」
「……そうですか。それでは……」
田口は幸道親子をエレベーターに案内した。
扉が閉まり、二人の姿が見えなくなると……溜息をつく。
「……ユリさんが一番、苦手そうな女だな……。大丈夫か?」
田口の心配通り、エレベーターから上がって来たマドカを見たユリは、思わず
「げっ」
と言いそうになった。慌てて言葉を呑み込む。
「……ご無沙汰いたしております、幸道さん」
「おお、これはこれは……ユリさん」
ユキチは会釈したユリの手をガッと掴むと、ガハハと笑った。
「二年ぶり、でしたかな。ユリさんは相変わらずお奇麗で……」
「……どうも」
ユリはユキチの手を払うと、にっこりと微笑んだ。
「ですが、主人の付添ではなく、『山の安念』として来ておりますので……。できましたら、安念と呼んでいただきたいのですが」
「そうですか? ……いいお名前なのに……」
そういう問題じゃねぇんだよ、と心の中で毒づきながら、ユリは今度はマドカの方に向き直った。
「……幸道さんのお嬢さんですね。初めまして」
「こんにちは~。やっだー、パパが言っていた通り、本当に奇麗~」
マドカはくすりと笑った。
「でも……旦那さんが亡くなって大変だったんですかぁ? すごく疲れてらっしゃいます~。……肌とか」
「……ふふっ」
(この――小娘が……!)
ユリの額にビキッという音が響いたが、かろうじてこらえる。
「――とても可愛らしい方ですね、幸道さん」
「ええ、まぁ……」
ユキチはマドカを褒められて、ニコニコしている。
「会議も一緒に……?」
「ええ。どうしても、と言うんでね。まぁ、任せている部署もあるし……」
「――そうですか」
ユリはマドカを見下ろすと、クスリと笑った。
「お嬢ちゃんには退屈かもしれませんけど……大丈夫ですか?」
「……きゃはっ、大丈夫です~」
(世間知らずと見下してバカにしてんじゃん。このオバサン……)
マドカはニコニコしながら、腹の中で毒づいた。
(やっぱりイイ女だな……)
(何か見るからにデキる女風でムカつくー)
(計算し尽くした人工天然ってやっかいなのよね……)
(シゲオの奴、どうやったんだか……)
(女を出さないパンツスーツってとこが、また逆にあざといなぁ)
(見た目をとことん甘くする辺り、中身はかなりヤバいかも……)
(ひょっとして……わたしにもチャンスが……?)
(ちょっと胸がでかいだけだし、これならマドカの敵じゃないわね)
(ロリ系の甘え上手……目的のためには手段を選ばないタイプだわ)
「わははは……」
「きゃはは……」
「ふふふふ……」
ロビーには、一人の男と二人の女の奇妙な笑い声が響いていた。