2.石川県の事情
「あ~、疲れたなぁ~っと……うおっ!?」
鼻歌を歌いながら機嫌よくアジトのドアを開けた王生レンジは、目の前にいた三納タケヒコとぶつかりそうになった。
「な、何だ、タケ! んなとこに立ってんじゃねぇよ!」
「待ち構えていたからな」
そう言うと、タケヒコはレンジの作務衣の襟を掴んだ。そのまま引っ張り、再び外へとズルズル引きずり出す。
「さ、行くぞ」
「ぐぉっ……うぐっ……な、何……」
「さっさと歩け」
「……ど、どこ……」
「北陸三県同盟会議だ」
「――んがあっ!」
レンジはタケヒコの腕を思い切り振り払った。はねのけられたタケヒコが、少し困ったように眉間に皺を寄せる。
王生レンジ――ご存じ、石川県の特攻隊長である。
黒い作務衣姿に日本刀がトレードマークの熟練者。石川県の勢力を拡大するためにありとあらゆる場所に出現する、石川県の荒事専門エキスパートである。
三納タケヒコ――彼はレンジの幼馴染で、石川県の「頭脳」。
石川県のシノギを上げるためにどのシマを攻めるか、レンジをどこに派遣するかは彼の采配にかかっている。
暴れ馬レンジに言うことを聞かせられる、唯一の人間でもある。
石川県は、そんな二人の手によって警察も手が出せない、無法地帯へと変化を遂げた。
そして彼らは、さらなる勢力の拡大を目論んでいる。
先日の中華系マフィア闇蛇と手を組んだ「横浜港・川口組殲滅作戦」も、そんな計画の一つだった。
「同盟会議だぁ!? そんなのいつもタケが勝手にやってんじゃねぇか!」
「今回ばかりは駄目だ。一緒に来い」
「何でだよ!」
「富山の妖怪ジジイのご指名だ」
「妖怪なんか知らねーっつの!」
「お前が明間ミチロを見逃したせいだぞ」
「……!」
レンジはギクリとして、思わず黙り込んだ。その隙に、タケヒコの周りにいた護衛がレンジを軽々と担ぎあげる。
「な、何しやがるー!」
「……」
何を言われても離すな、と命じられているのか、護衛は黙ったままレンジを車へと運び込んだ。
仲間を切り伏せる訳にもいかず、レンジは仕方なくされるがままになっていた。
護衛はボーンとレンジを後部座席に放り込むと、自分は助手席に乗り込んだ。レンジが頭をさすりながら身体を起こすと、タケヒコが隣に乗って来た。
バタンとドアが閉まり、車は静かにどこかへ走り始めた。
「……ったくよぉ……」
レンジは頭をガリガリ掻いた。
「だからよぉ。言っただろぉ? タケ、富山・福井とは揉めるなってうるせぇから……」
「……で?」
「新潟の原発絡みってことはよぉ……福井とも関係あるじゃねぇか。だから、殺っちまうのはよ、マズいと思ってよ……。NUKA使っちまったから、バレるし……いろいろとヤベェじゃねぇか」
「じゃあ、何で縛り上げて連れてこなかった」
「……」
タケヒコの追及に、レンジは口を尖らせた。
「……」
「……お前、また例の悪いクセを出しただろ」
「……出してねぇ」
「嘘つけ」
「……」
「レンジ……その『負け犬の遠吠え聞きたい』癖、どうにかならないのか?」
「だってよ……」
「だってじゃない」
「新タントだったし……」
「余計、危ないだろうが」
「あの瞬間が、サイコーに気持ちいいというか……俺ってカッケー……的な?」
レンジの能天気な言い訳に、タケヒコは深い溜息をついた。
「時と場所を選べ。殺すか、すぐ捕まえろ。何で敵に時間をやってんだ」
「ちげーって! 俺だってちっとは考えてんだ!」
「何をだ」
レンジは後部座席で胡坐をかくと、フンッと鼻息を荒くした。
「俺は立ち去るが、俺が合図した場合は最後の手下達が捕獲するって決まりを作ったんだよ」
「……は?」
「だーかーらー、合図した場合、俺が帰ったあとお前たちは敵を捕まえてタケんとこ連れて行けって言い聞かせてあったんだって」
「またそんな訳のわからない手間を……」
「逃がすよりいいじゃねぇか」
「レンジがさっさとやりゃ、もっといいんだよ」
「……」
ふてくされて黙り込むレンジに、タケヒコは再び大きな溜息をついた。
「……お前、あいつは死んだって言ったよな」
「ああ。俺が倉庫を出て、手下も出てきて……。そしたらよ、急に倉庫が爆破して……」
「……」
「ヤツのデーモン・コアで、中はひどく汚染されてたから、このままじゃヤベェって慌てて逃げ出して……」
「……」
「倉庫にはいろんなもんが散らばってたからよ。そのせいかって。……だから、ああ、あいつ死んじまった、と思ってよ。で、NUKAも焼けたしめでたしめでたし、と」
「一つもめでたくない」
タケヒコはそう言うと、新聞記事をレンジの目の前に突き付けた。
『19日午前1時15分ごろ、神奈川県横浜市の海岸付近の倉庫で爆発音がした、と通行人から119番通報があった。駆けつけた消防車により火は消し止められたが、3棟の倉庫が全焼。
日常的に違法な取引が行われているという情報があり、警察も巡回を増やす方針を決めた矢先の出来事だった。
消防本部によると、倉庫には大量の血痕と焼け焦げた死体が見つかっており、川口組ヤクザと中華マフィアによる抗争があったと見られている。火災の原因については調査中だが、銃撃により引火性の高い物質に火が付き、爆発が起こった、という見方が強い。
現場付近の放射線濃度は500マイクロを超えており、ただちに立ち入り禁止区域となった。今後、除染活動に入ると見られている』
「……これがどうかしたか?」
「新タントについて何も触れていない。……俺たち石川県人についても、だ」
「……え……」
「死体の中に、明間はいない」
「……そ……」
「明間を縛ったはずの、手下はどうした。そして明間ミチロはどうしたんだ!」
「……わかんねぇ……」
「わからないとは、どういうことだ」
「わかんねぇもんはわかんねぇよ! だってあいつら……仲間が戻ってねぇとか、一言も言ってねぇし!」
「……!」
レンジの言葉に、タケヒコはハッとしたような顔をした。
そしてパソコンを取り出すと、何やらカチャカチャと慌ただしくキーボードを叩き始めた。
急にほったらかしにされたレンジは、そんなタケヒコの様子をしばらくボケーッと見ていたが……やがて
「ふん」
と不満そうに鼻を鳴らし、後部座席でふんぞり返った。