第16章 突入!リアンゲール城
彼らはリアンゲールの城下町に辿りついていた。
ここは色とりどりの石と煉瓦で町が作られていて、とても美しい町並みだったが、魔物以外誰一人いなかった。
「やはり誰もいないんだね」
「ええ、みんな近くの村に避難しているのです」
「それにここにいたらどうなるかわからないしな」
その理由に納得はしたが、やはりやりきれない気持ちになりながらグリスは唇を噛み締めた。
「感傷に浸っている暇はないぞ、我々は進まなければならない」
「言われなくてもわかっているさ」
ロッシュはそう言いながら、かなり大きな足音を立てて進んだ。その様子にグリスはため息をついた。
彼らはレジスタンスの仲間が集めた魔物があまり通らない道を選び、どうにか目的地であるリアンゲール城についた。ここはとても重苦しい雰囲気が漂っていた。
外から見るとただ城がそこにあるだけのように見えるが、城に入ろうとすると、また同じ場所に戻されると状況に陥った。
ちなみに城を自由に出入りしていたラグナも試したが、まったく同じことが起きてしまった。
どうやら彼も排除の対象になってしまったようだ。彼はそれに少しだけ落胆したがすぐに立ち直った。
そして彼らは結界を解くために手に入れた力を空に掲げた。
すると霧が晴れたように辺りの雰囲気が軽くなった。
その時、結界が解かれたのだと彼らは感じ、城の中に進んだ。すると想像通りに城内に入れた。
そのことに安堵したが、ここは敵の本陣だと思い直し気を引き締めた。
改めて城内を見渡すと黒い壁と大理石の床が怪しく光っており、とても不気味な印象しか受けない空間だった。
「ここにあいつか……」
彼らが真っ黒い闇の中を見つめていると、とても冷たく鋭い声が響いた。
「ロキ様はこの先の王の間にいる」
その声にラグナは震えた。この声は彼にとっては大事な人の声だった。
「ヴァン、無事だったんだね」
彼の姿を見つけるとラグナは最初に声を出した。
彼は喜びのあまりに近づこうとしたが彼のこの一言で止まった。
「ああ、生きていたさ、まだ復讐は終わっていないからな」
「……お前、正気じゃないな」
「酷いなぁ……唯一の貴方の家臣だというのに」
その続く言葉にさらにラグナはため息をつく。
「ヴァンは私に自らのことを家臣とは言わないさ」
「そうだね、だって君は復讐すべき人の息子だもの」
その言葉に正気じゃないと確信しているラグナの表情が硬くなった。
しかしそれを意に介さずに彼は話しを続ける。
「僕らの魔法は珍しいから、いつも何かに追われていた。そしてやっと見つけた安息の地もあいつと出会ったせいでなくなり、さらに最愛の姉もあいつと出会ったせいで死んだ、憎むにはそれだけで十分だろう?」
ラグナは苦虫を噛み潰したような表情になった。
「そうさ、今までだって憎かったけど復讐に利用するために近くにいただけさ」
彼は意地悪く笑い、手を大げさに動かした。それに対してラグナは、またため息をついて鉄扇を構えた。
「嘘だな、今は正気じゃないが正気だった時の癖は治ってないんだな」
「何だと?」
「……戦うのがあいつの望みだというなら戦う、だが私が戦うのはヴァンを取り戻すための戦いだ」
「取り戻すねぇ……」
彼は薄ら笑った。その笑みは冷たく、黒かった。それにひるむこともなく、彼は鉄扇を前に突き出した。
「ああ、取り戻すさ」
そのラグナの決意を信じたのか彼女も一歩前に出た。
「……私も手伝います、貴方が信じた彼を取り戻すのを」
二人はそれに驚いた表情はなく、ただため息をついた。
「姫様は相変わらずですね、あいつのために戦うなんて」
「それでこそ、師匠ですよ」
二人は驚くことに笑っていた、そんな二人にセレスは微笑んだ。
「ありがとう、私のわがままを聞いてくれて」
そして彼女は鋭い目つきになって、棍を手に持ち、構えた。
「二人は先に行って、大丈夫、私は一人じゃないし、終わったらすぐに追いかけるから」
彼女は笑顔だった、彼らは彼女の言葉を信じて、この場から走り去った。
そのやりとりに驚いていラグナだったが、すぐに構え直した。
それを見ていたヴァンは何が楽しいのかわからないが笑っていた。
「ああ、麗しき友情とは、なんて美しいかな、ただその約束は果たせぬだろうけどね」
そして彼はためらいもなく、魔銃を撃った。
一発、二発、三発と音は続いていく、それらすべてはラグナの風の魔法で弾き返すが再び彼は何発か撃った。だが装填していた弾が切れたらしく、彼は魔力を込めるためにその場に立ち止まった。
その隙に柱の影に隠れ、ラグナは風の力で作った鎧をセレスにまとわせた。
「これで何発か直撃しても耐えられるはずだ、しかし、彼らは信用をしていない私とセティを一緒にしておけるとはどういうことなんだろうか」
「それは私が信用されているからよ」
彼女はくるりと振り返り、笑った。
「私もそんな仲間がもう少しだけ欲しかったな」
「これからだって、作れますよ。それに彼らに貴方のことを話したら驚くでしょうね。おっと、出てきたわ」
彼女は彼を発見すると一目散に走りだした。
そしてその助走を利用して彼女は飛び跳ねて、棍を振り落としたが魔銃に受け止められ、さらに弾かれセレス自身も大きく弾かれた。
しかし突風がヴァンの身体に吹きつける。その風で彼は体制を軽く崩した、その隙に彼を転倒させるために着地したセレスは足払いをかけて、彼は転倒した。そして転倒した彼の上に乗り、彼の首元に棍を突きつけた。
「これで終わりよ、ヴァン」
「ああ、そうだな。だが、私の役目も終わったさ、戦力を分散するという役目がね」
そう言って彼は前に進むための道を封じるために、床にあるスイッチを押した、そのスイッチのせいで道の近くが爆発し、それによって飛び散った岩に道が完璧に塞がれてしまった。
さらに彼から風が吹き始め、大きな風の塊となってセレスを襲い、彼女を弾き飛ばした。
それから彼は体制を立て直すと自らのこめかみに魔銃を向けた。
「さよならだ」
そして彼が引き金を引こうとした瞬間、彼の手を誰かが掴んだ。
その正体を見るために彼は、その手の先を見たが、それは自分のもう片方の手だった。
「なぜ、邪魔をする、もう俺には生きる意味なんてないだろう、なのに……」
「わかっているだろ、お前の中には生きたいという欲求があるからだ」
「そんなもの……」
それでも否定をしようとする彼にラグナは声を荒げて叫んだ。
「お前はまた私を……いや、僕を置いていく気か約束しただろう、ずっと僕の傍にいてくれると、それは嘘だというのか、ヴァン」
彼女は純粋に驚いた、彼がここまで声を荒げるところは見たことがなかったからである。
それで少しだけ彼は正気になったのか、うめき声を上げながら話しかけてきた。
「王子たち……無事ですか」
「ヴァン、お前、正気に戻ったのか」
その言葉にヴァンは答えずに彼らにこう願った。
「……首にかかっているペンダントを壊してください。これを通して俺は操られて身動きが取れないのです」
彼は息も絶え絶えといった感じによろよろとしている。
「しかしそれはお前の姉さんの……」
だがそれ以上彼は何も言えなかった、その理由は簡単だった。
そのペンダントをセレスが棍で叩き壊したからである。その瞬間、彼は床に崩れ落ちた。
それを見てラグナはセレスに詰め寄った。
「セティ、どうしてこんなことをしたのだ、あれは、あれはあいつの姉さんの形見だったのに」
「……それについては本当に悪いと思っているわ、だけど、あれを壊さないと彼は死んでいたはずです。そこでためらったらすべてが終わりになっていたはずよ」
彼女は冷静に答えを返すが、熱くなっている彼には届かず、それどころか彼女に今にも掴みかかろうとしていた。それを止めたのは何とか立ち上がったヴァンだった。
「へへへ……姫の言う通りだよ。あれを壊さないと戻れなかった。ありがとう、セレス姫、貴方もだいぶ成長なされた」
「それでも、僕は……」
「そう思ってくれるだけで、俺は十分だからさ、それでも気にするなら何かプレゼントしてくださいよ」
その言葉にラグナは辛そうに彼を見ていた。
「……お前の姉さんの形見に遠く及ばないだろう」
「いいですよ、俺としては愛しく大切な人から貰ったものに順番を付ける気はないですし、それにそのペンダントは世界が平和になった時に治してもらいますよ」
「わかった、そこまで言うならもう何も言わない、それよりも無事でよかった」
安心したのだろうラグナとヴァンはその場で座り込んだ。
彼女はそんな二人に一声かけた。
「二人はここで待っていてください、私は私の約束を守りに行きます」
「いや、セティを一人で行かせるわけにはいかない」
「私は大丈夫です。それよりも彼は魔力を使いすぎて、動けないはずだからお兄ちゃんがいてあげてよ。それに約束したのでしょう?」
その言葉にラグナはヴァンと共に床に座り込んだまま彼女を見送ることにした。それを確認した彼女は走り出し、道を塞いでいた岩を吹き飛ばした。そしてくるりと向き直ると彼らに向ってこう言った。
「終わったら、昔のことを全部話してね」
彼女はその返答を聞かずに、奥に向かった。
その心の中はグリスとロッシュのことでいっぱいだった。
彼らは廊下を走っていた、この廊下も薄暗く、どうしたらこうなるのかと目を疑いたくなるくらい不気味だった。そして廊下を抜けた先にあったのは、ダンスが踊れそうなホールだった。
「この先に僕が……」
「ああそうだ、この先が王の間だ。まあ、気負う……」
言葉の途中でロッシュは頭を抱えて、床に膝をついた。
それに驚いたグリスは彼に心配そうに近寄った、すると彼の手には銀色に光る剣が握られており、グリスめがけて振り回した。
「ど、どうしたのさ、危ないよ」
「身体が勝手に動くんだ、たぶん、あいつの魔法の一種だ。危ないから逃げてくれ、グリス」
「そんなことできるわけないよ」
「いいから、行けよ」
そう言いつつ彼は剣を振った、最初は頭、次に胴、そして最後は彼の足を狙った。その最後の斬撃が当たってしまい彼は痛さのあまり床に転がった。それに彼は動揺して、どうにかしようと考えをめぐらした。
――こうなったら、俺にグリスが剣を向けるようにするべきか、いやしかし……。
そう考えていると頭に声が響く。
――彼が君の父親を消したのさ。それなのにどうして抗う?
――憎いだろ、今なら簡単に復讐できるよ。
――さあ、彼に剣を向けろ。
その頭に響いた言葉によって彼の心はグリスへの憎悪に侵され、目には生気がなくなり、その場でゆらゆらと揺れていた、何かを見つめるように……。
そして彼はグリスに一歩、また一歩と近づく。その手にある剣は床を傷つけ音が鳴る。
そして妙なところで止まったかと思うと、彼は自身の足に剣を突き刺した。
血が一滴、二滴と床に落ち、床を赤に染めた。
グリスは彼に近寄ろうとしたが、彼が手で静止した。
「……大丈夫だ、自分のことは自分で解決するさ」
「でも、ロッシュ。その傷じゃあ……」
その心配は彼にとっては嬉しくもあり、辛かった。
なぜなら彼は、まだ心は憎悪に侵されそうになっていたからである。だから彼を離そうと考えるのが普通だった。しかしグリスは離れようとしなかった。彼はその行動に焦った。
だが彼はどうすることもできなかった。
「くそ、出ていけよ。こんな感情は出ていきやがれ……」
彼の全身を先ほどまで見えなかった黒い影が覆う、彼は必死に払い除けようとしたが影は必要以上にまとわりつく。
――もう、ダメだ。俺はここで終わるのか憎しみを持ったまま。
彼が諦めた時、彼の手をグリスが握った。そして彼はロッシュに話しかける。
「ロッシュ、憎しみも自分の中の感情なんだ、だから無理に追い出さないで」
「グリス、お前、どうして俺の近くに来たんだよ、お前まで巻き込まれたら……」
「……この気持ちを持ったのは僕のせいだよね。だから僕が言えることじゃないけど、その気持ちを受け入れてね。それでも受け入れられないと思ったら、僕を殴るなりすればいいよ。でもこの感情があることを恥じないで、どんな人の中にも当たり前にあるのだから」
彼はその問いかけに目を閉じて息を吸うと、心を落ちつかせた。
すると黒い影は、彼の中に入って消えた。そして彼は、再び目を開けた。
その様子はいつもと変わることのないロッシュの姿だった。その姿に彼は少しだけ安堵した。
「悪かったグリス。あんなことをして」
「だから大丈夫だよ、それに僕が悪いのだからさ、それに人には憎しみのような感情があって当たり前なのだからさ」
「……それは自分自身も似たようなことをしてしまっているから言い聞かせているのか?
その問いに彼は迷いなく首を振った。
「それは違うよ、僕はそういう感情を知って、ああなってしまったけど、僕はやり方を間違えたんだ、でも僕は自分と他人の悪意を、憎しみを受け入れるつもりだよ」
その目は強く激しい炎が揺らめいていた。
「そうか……じゃあ足の治療をしてから行くか、あいつのところに」
「行こう、止めるために」
彼らはそう言って、傷を癒すためにルードにもらった果実を食べた、すると見る見るうちに傷が塞がった。ちなみにロッシュが自らの魔法で回復しなかったのはロキとの戦いのために魔力を温存するためだった。
「素晴らしく恐ろしい効果だな」
「でもこれで万全の状態で挑めるね」
「そうだな、あとは姫様たちが来れば行けるのだが」
「大丈夫、来るよ」
その言葉通り、誰かが走ってくる音がした、その音はだんだんと近づいていた。
そしてその人物は姿を見せた。
「ようやく、追いつきました」
それはセレスだった。彼らは安堵したが、一緒に残った彼がいなかったのが気になってしまった。
「あいつは?」
「魔力を使いすぎた彼のことを診てもらっています
彼らはそれに納得してから最後にみんなの顔を見直して、心の中で彼らの誓いを改めて確認してから一歩踏み出し、王の間へ向かった。
読んでいただきありがとうございます。