第13章 機械都市 ケンフォンテへ
「グリスにはやはりショックだったのでしょう、寝ています」
「……誰だってそうなりますよ、あんな真実」
ミネルブァの家のベッドに寝かされた彼は苦しみにうなされた表情だった。
「グリスも心配ですが、これからどうしたらいいのかしら? 私たちにはもう手がかりがないわ」
「……一つだけあります、彼女は甘いものが大嫌いなんです、だからあんなことを言うはずがないんです。だからきっと伝えたいことが机の上にあるはずです」
そう言って彼は彼女の研究室に向かった。しかし研究室は全然片づいていなかった。ただ机の上だけが不自然に片付いておりそこにケーキの絵が書いてある一通の封筒が置いてあった。
宛名は書いてなかったがロッシュはためらいもなくその手紙の封を切った。
中にはただこう書いてあった。
――僕に何かあってあの暗号を解いたということは次の道標がない状態と仮定して話す。
――機械都市フォアクレアールの時計台の管理人に会うといいよ。そこで銀色に光る玉を昔に見たという情報を昔、聞いたのよ。だから、そこに行けばきっとあるはず。
こんなところに彼は彼女らしさを感じて少しだけ笑うと、きびす返して、セレスのところへ戻った。今の情報を伝えるために。
彼は彼女のところに戻り手紙の内容を話すと彼女は難しい顔で口を閉じていた。だが、やがて口を開いた。
「そんなことが書いてあったのですね」
「はい、今はこれしか情報がありません」
「わかりました、グリスが目覚めたら行きましょう。機械都市へ」
彼女はこの不確かな情報を信じて行くことを決意した。本当にこれしか情報がないからだ。
そして彼女はミネルヴァの気持ちを無駄にしないようにと心に決めていた。
「それにしてもいつ彼女はこれを机の上においたのでしょうか?」
「たぶん、街に戻る前だと思う、空間移動で机の上に出したんだろう、そこらへんは抜かりのない人だ」
「そうですね」
それからしばらくするとグリスが弱弱しく目を開けた。それに気がつき近寄るとグリスの表情はどことなく安心しているようにも見えた。
「二人とも僕を置いていかなかったんだね、よかった」
「俺たちはもう嘘はつかないと約束したろ? それに俺たちがお前に隠さなければこんなことにもならなかったんだからさ」
彼らは辛そうにこの言葉を呟いた。
その表情に言葉に涙が出そうになるのをグリスは必死にこらえた。
「それで起きてすぐに悪いんだが、目的地が決まったんだが、行けるか?」
それについてグリスは小さく頷き、立ち上がった。
「……大丈夫、行こう、その目的地へ」
彼は震えていたが、彼の意思を尊重して彼らは何も言わなかった。
彼らはロキに見つからないように慎重に機械都市フォアクレアールに向かっていた。
どのくらい歩いただろうか、ようやく見えた町にはまるで人の気配が感じられなかった。
「まるで生き物がいないみたいに静かな場所だ」
「ここもリグレトの侵攻を受けたの?」
「ある意味ではそうよ」
「ある意味では?」
言葉を続けない彼女を彼は見つめた。
その表情はグリスにはどこか悲しそうに見えた。
「ここの人たちはみんな機械になりたいと望んでいた、だからリグレトが侵攻してきた時にそれを望み、叶えてもらい、この都市の人間は滅びたのよ」
「そんなことをしたってつまらないだけなのにな」
「それでか……悲しいね」
「悲しくても彼らが選んだんだ、他人は受け入れるしかないだろうな」
彼らは何とも言えない神妙な表情のまま、指定された時計台を目指して歩き出した。
街の人々は彼らに興味がないのか、いないように扱っている。そして彼らが時計台の場所を聞いてもまったく答えてくれないので疲労が蓄積され、どうしようかと思案している時にふと上を見上げると、この町の中でも小ぶりな大きさの建物が見えた。
それは彼らが探していた時計台だった。
その時計台は全体が機械的で外観には歯車やネジが見えた。
「これが時計台か……」
時計台の中は薄暗く、とても不気味な雰囲気をかもし出していた。
グリスたちは辺りを見渡したが、やはり人がいるような気配があまりしなかった。
「そうみたい、とりあえず管理人を探しましょう」
彼らはセレスの言葉に頷き、慎重に時計台の中に入り、人がいそうな場所を見て回ったが人の気配がまるでないので、本当にいるのだろうかと疑心暗記に陥っていた。
しかしその心配も杞憂に終わった。時計台の奥から誰かの声が聞こえたからである。
「あっちに声が聞こえる、もしかして……」
彼らは罠の可能性も考慮にいれて慎重に足を進めた、そしてその先にいたのは顔を隠している金髪の中年男性だった。
「やあ、よく来たね、君たち」
とても砕けた話し方をするので、多少警戒しながら彼らは尋ねた。
「貴方は一体誰ですか?」
そう問われた彼はいかにも自信満々にこう答えた。
「僕の名前はルード。この時計台の管理人さ」
「そ、それじゃあミネルヴァという名前に心当たりはあります?」
「僕にこの仕事を斡旋してくれたおじいさんの孫娘だよね?」
彼は柔らかな笑顔で返した。
その笑顔でとりあえず安心したのか彼らの顔にも少しだけ安堵の表情を浮かべ、彼らは今までのことを簡潔に彼に話した。
すると彼はある部屋に彼らを通した。
そこは色々な機械や歯車が隙間なく存在していた。
そしてその中心と思える場所に光輝く一つの銀色の玉があった。
「たぶんこれが君らの探している玉だと思うよ」
彼があの玉を指差した時、セレスたちの持っていた棍と本が淡く光った。
どうやら棍と本はあの玉に共鳴しているようだった。
「……こんなにあっさり見つかるなんて、何かの罠か?」
「まあ、ある意味では罠かもね」
「何だって?」
「だってこの玉は、この国すべての人たちのエネルギー源なんだ」
「どういうことだ」
それについてルードはあからさまにため息をついた。
「機械はエネルギーがないと動かせないだろう? あの子はこれを彼らのエネルギー源にするという条件で彼らの機械化という望みを叶えたのさ」
グリスたちは彼に問いかけたが、その答えはわかっていた。
だが認めたくなかったのだ。
この真実を、だからこそ彼らは聞いたのだ。さらに鋭い声が響く。
「真実から目をそむけても何も変わらない、それに手に入れなければ世界は変わらない」
彼らは唇を噛み締め、拳が震えていた。その様子はとても痛々しかった。
「……でも、それを僕らが手に入れたら大勢の罪のない人が死ぬのでしょう」
「でも、そうしないとあいつのところへは辿りつけない……」
「そうだよ、君らだって何かを失って手に入れただろう? その力をさ、それが今回はこの町の人々だったのさ」
改めて突きつけられた現実に、彼らは青ざめたまま固まった。
しかしグリスだけが一歩前に出た。
「……何か別の方法を探そう、少なくとも罪のない人が死なない方法を……」
「甘いね、そんなのは理想論だよ」
「それでも可能性があるかもしれないでしょう? それならそれを探したい」
その答えについて彼は特に表情を変えずにグリスの頭を撫でた。
「君はあの子と同じで違うね、よかったよ」
そう言った彼はグリスを銀色の玉の方に勢いよく突き飛ばした。
いきなり突き飛ばされたのでグリスは回避できずに、銀色の玉にぶつかりそうになったが、そうはならず彼はその場から消えた。
「玉に吸い込まれた?」
「どうして彼を突き飛ばしたのですか……これでグリスが力を手に入れたら、この国の人が死んでしまう」
「大丈夫だよ、あの子ならあの中で見つけるさ。彼らを助けるための唯一の答えをね。だから信じて待とう」
ルードはそう呟くとそのまま押し黙った。
それから誰も話そうとしなかった。
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