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時間の騎士様  作者: 灯
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第一章 少年と少女


この世界には魔法や魔物が存在する、彼ら魔物は人を襲うことがあった。

この世界では剣と魔法が魔物を倒す力であった。

そしてこの世界の魔法は素質があれば使える。

そんな世界の名前はアリスフィア。


一つの王国と二つの都市と一つの帝国から成り立つ世界。

そんな世界の帝国リアンゲールの小さい村から物語は始まる。

そう、ほんの些細な物語が……。


ここはリアンゲール帝国の近くにある名もなき村の学校。

この学校は木製の校舎でいたるところが傷んでおり、雨風がかろうじて防げる程度の校舎で生徒も数名しかいないそんな学校である。


しかしここに大人数だろうが少人数だろうが関係なく寝ている少年がいた。

少年の名前はグリス・エタロン、歳は十二歳ぐらいで、髪は銀髪でこの帝国では珍しい髪の色である。彼は幼い頃に両親を亡くし、さらに引き取って育ててくれた祖母も半年前に亡くなり、今は祖母が残してくれた畑やわずかなお金でどうにか生活を送っていた。

そんな彼は夢を見ていた。


「お父さん……お母さん」


グリスが見ている夢は亡き両親と暮らす夢だった。

その夢は幸せだった、でもそれは長くは続かなかった。

これは夢であり、ここは学校だからである。


「……リス君、グリス君」


案の定、先生はグリスを起こすため身体を揺する。

身じろぎをした後、グリスは目を覚ます。

「あっ、先生……」

「寝ちゃダメよ、グリス君」


グリスはその言葉に小さくなりながら謝る。

その言葉に先生は微笑みながらこう言った。


「わかればよろしい、それじゃあ今から世界について話すわ、教科書の二十二ページを開いて」


頭が完全に覚醒していなかったグリスだが、とりあえず教科書を開いた。


「まずこの世界は簡単にわけて、一つの王国と二つの都市と一つの帝国が治めています。その名前がわかる人いますか?」


グリス以外の生徒はみんな手をあげた。

先生はその中から女の子を指名した。

その女の子はよどみなく答える。


「わたしたちの帝国リアンゲールと、機械都市のフォアクレアールと、学術都市ケンフォンテと、最後によくわかっていないエテルノセノクです」

「よくできました!」


先生はその女の子の頭を撫でてから続けた。


「今度は我が帝国についてお話しをしましょう。我が帝国はこの世界で唯一軍隊を持っています」

「先生、他の国は魔物などに襲われた場合はどうやって身を守っているのですか?


「よい質問ですね。友好関係のあるフォアクレアールやケンフォンテに危険が迫った場合、私たちが助けるという関係です。エテルノセノクについてはまだよくわからない部分が多く、魔術などで国を守っているという説が有力です」


ここで先生は一息ついて、大きな紙を黒板に張りつけた。


「さて、次に魔法について学びましょう。わかる人がいたら手をあげてね」


子供たちは先ほどと違い手をあげる人は少なく、グリスも手をあげなかった。

そして先生は男の子を選び、その子は少しつっかえながらも話し始めた。


「えっと、魔法は素質があれば誰でも使えるものであり、簡単にわけて四つに分類できます


そこで彼は一旦言葉を切り、話しを続けた。


「一つ目は攻撃魔法、これは素質のある者と魔法を封じ込めた瓶を使うことで使用が可能な魔法で一般に普及しています。二つ目は回復魔法、これは素質がある者しか使えないので使用者は限られています。三つ目は身体能力の強化をする魔法です。そして最後は遺伝による特殊な魔法です。これは、ほとんどが遺伝でしか現れない魔法で現在は数が少ないです」


「はい、よくできました」


先生は先ほどと同じように男の子の頭を撫でた。

男の子は嬉しかったのか満足気な表情だった。

そんな表情を見て、グリスは暗い面持ちだった。


――そんなの知っているよ、そんなの本に書いてあるよ。

――それ以上のことだって知っているよ。


そう心の中で呟くが、聞こえるはずもない。

それでも彼は心の中で呟き続けた。

彼が何も言わないのは目立たないためであった。

それが幼い頃から髪の色が原因でいじめられている、彼の平穏に生きるための方法だった。


それでも辛い時がある。

そんな時、彼はお気に入りの場所に行くのである。

森の中の広場、今日もそこに行こう。そう考えていたグリスだが邪魔が入った。


「おい、そこのお前」


声をかけてきた少年は太った体型をした、いかにもガキ大将といった容姿の少年だった。

髪はぼさぼさで色は茶色とそれぐらいしか書きようがない普通の少年だ。

グリスに向かう怒気以外は……。

そしてその対象となった彼は聞こえないふりをして移動しようとしたが、それに気づいた少年がしっかりと彼の肩を掴む。


グリスは諦めて振り向くとそこにあったのは体型に似合う拳であった。

それを確認したと同時に視界が黒くなっていた。

彼は殴られていたのであった、しかし当人のグリスは一瞬何が起こったのか、わからなかった。

わかった後も理由がわからず疑問符を浮かべていた。

それを見ていた、殴った本人は怒りをにじませながらこう言った。


「何を考えているんだ、忘れたのか、この俺を」


グリスは思い出せなかった。しかし何とか思い出そうと、頭から記憶をひねり出そうとするが結局わからずじまいだった。

そんなふうに考えていて反応がなかったことが無視をしていると思われたのか、その少年は苛立ちをさらににじませてどうしてグリスを殴ったのか理由を語った。


「お前が俺の給食費を盗んだくせに……しらばっくれるのか」


それはグリスにはまったく身に覚えのないものだったが、いつも彼をいじめる奴らが彼に罪を被せたのだとわかった。彼はそうだとわかったが何も言わなかった、何を言っても無駄だと思っていたからだ。

そして彼が完璧に諦めたと同時に、また拳をくらい今度はそのまま意識が遠のいた。


どのくらいの時間が経っただろうか。

太陽は完璧に沈み、草花は寂しそうに揺れ、月が輝いている。

そこまで時間が経った時、ようやくグリスは意識を取り戻した。

辺りに殴った奴がいないことを確認してから、彼はまだふらふらする頭を支えながら、当初の目的地へと向かった。

彼にはそれしか頭になかった。そして殴られたせいで冷静な判断ができなかったのである。

冷静な判断ができたのなら危険な夜の森を歩こうなど考えない。

そして歩くにしても周囲を気にしながら歩く。


しかしグリスは周囲を気にせず足早に進んでいた。

だから狼のような風貌をしている魔物がこちらを見つめながら少しずつ近寄っていることに、気がつかなかった。

この魔物は見た目は狼とさほど変わらないが狼よりも素早く、そして何より人の肉を好んで食べる魔物だった。


そしてグリスは目的地を見つけて少しだけ速度を落とした、その瞬間、魔物がグリスに後ろから襲いかかろうとしていた。

その時ようやく気がつき小さな悲鳴を上げる。


――もうダメだ……。


そう思い目をつむり、痛みを待ったがまったく痛みはなかった。

疑問に思いながら、恐る恐る目を開くと、最初に目に入ったのは銀色に光る短剣だった。

そして次にその持ち主の少女に目を奪われた。

その少女は幻じゃないかと思うほど不思議な存在だった。

歳の頃はグリスより二、三歳ぐらい上に見えるが、まとうオーラはとても幼い少女がまとうものではなかった。

髪はショートカットで色は黒く、今の夜空に吸い込まれそうな色だった。


「大事はないか?」


「は、はい、ありがとうございます」


グリスは頭を深く下げ礼を言った。

当の少女は少し照れているのか、小さく気にするなと呟いただけだった。


「ところで、君はなぜ、こんな時間のこんな場所にいる?」


「そ、それは……」


グリスは言葉に詰まった、別に悪いことをしているわけではないのだから言えないことはない、だがグリスは言ってしまったら自分のお気に入りの場所が盗られるのではないか、と思っていた。


「ふむ、言えぬならしようがない」


――よかった。


グリスは安堵した表情を浮かべたが、次の言葉に凍りついた。


「死んでもらおう」

「……えっ?」


そう返すのが精一杯だった彼は聞き間違いかと思い、もう一度少女の顔を見るが無表情で短剣を構えていた。さらに殺気がにじみ出ていた。

グリスは身体中から冷や汗が吹き出した。そして瞬間的に悟る、正直に話そうと……。


「ま、待ってよ、正直に話すから短剣をしまってよ」


少女はその言葉に満足したのか短剣をしまった。


「さあ、話してもらおう」


グリスは簡潔に話した。

自分はお気に入りの場所に行こうとしたということを、そしてそれを話してその場所が盗られるのが嫌だったなどを。

それをすべて聞き終わると少女は一言。


「そうかそれはすまなかった」


と素直に謝ったが、その後にこう言った。


「ただこんな時間に歩いていて、わけが言えぬとなると亡命者として最悪殺される可能性もある、だから気をつけろ」


亡命者はどんな理由があろうとこの帝国では死罪になってしまう。

子供と言えど例外ではないので彼女の先ほどの発言はこの帝国では不思議ではない。


「肝に銘じておきます……」


まだ乾かない冷や汗を拭き、グリスは今度こそ安堵の表情を浮かべる。

そしてグリスは少女の方を見る、その少女は微笑みながら言った。


「さて夜も遅い、君の家はどこだ? よければ送るが」

「……お願いします」


彼は先ほどの恐怖を拭えないということで、少し悪いと思いながらもお願いした。


夜道、月明かりしかない道を無言で歩く。

それでも不思議と苦痛はない。

そしていくらか経った時、グリスの自宅がようやく見えた。

作りは質素だが、しっかりと作られている頑丈な木の家だった。しかしグリスが一人で住むには少しだけ広い、そんな家だった。


「送ってくれて、ありがとう」

「礼にはおよばん、民を守るのが騎士の使命だからな」

「……騎士?」


「言ってなかったか? 私はリアンゲール帝国、騎士団第一部隊、隊長セルマ・クレストだと」


少女は淡々と言葉にしたが表情は誇らしげだった。

そしてこの名前はこの国では有名だった。

セルマ・クレストという女性はたった十四歳で騎士隊長に任命され、若き天才と呼ばれている。

さらに弱き者を助け、悪党も倒し、国の民から見たら英雄のような人物なのだ。

そんな人物に会えたことでグリスは驚き、言葉が出せなかった、だからすごい勢いで縦に首を振った。それが今の彼にとって唯一の意思表示だった。


「うっかりとしていたようだ、というか大丈夫か君は?」


彼は彼女が話している間も、ずっと首を振っていたので、心配そうな表情で彼女は問いかけてきた。その問いにようやく落ちついたグリスは心配そうなセルマに向かって一言。


「もう、大丈夫です」


そしてさらにつけ加えた。


「それでお願いがあります」


この時、彼の中に沸き上がっていたものは、自分もこの人のようになりたい……。

優しく強くなりたいと思う純粋な思いだった。


「僕を弟子にしてください!」


大人ならば自分より二、三歳ぐらいしか離れていない人、ましてや女性に弟子入りは申し込まない。

彼は子供だからこそ、セルマに弟子入りしたいと望んだ。

ただ憧れたというのもあった。

でもそれだけじゃない、自分は変わりたい。彼女のようになりたい。

そんな思いから願ったのだ。


「あたしに……弟子?」


グリスは肯定するように力強く頷いた。


「あたしなんかでいいの? よかったら別の人を紹介するよ?」


先ほどの態度が嘘だと思えるぐらい弱々しい態度と言葉だったが彼は気がつかなかった。


「貴女がいいのです、僕は貴女の剣の強さに剣さばきに憧れたのです」


あまりに彼がまっすぐに言うものだから彼女の顔は嬉しさと悲しみが浮かんでいた。

そして彼女は言った。その時の口調はさっきまでと同じく凛とした口調だった。


「ふむ、そこまでに意志、頑なに頼まれたのなら断れんな……私は剣をそこまで極めていないが、できる限り教えよう」


「じゃあ……」


グリスの顔は花が咲いたように輝いた。


「私でよければ、師となろう、だが私の修行は厳しいぞ?」

「はい、師匠」

「気が早いな……まあいい、えっと」


そこでセルマは彼の名を聞き忘れていたことを思い出した。


「またうっかりしていたみたいだ、君の名前を聞き忘れていたようだ」


それを聞いたグリスは少し恥ずかしそうに呟いた。


「グリス・エタロン」


その名前を聞いてセルマは少し考え込んでからこの言葉を口にした。


「エタロン? もしかしてあの騎士団第一部隊、隊長の?」


「そうみたいです、でも僕自身は覚えていないからよくわからないのです」


それを笑って言う彼を見て、セルマは複雑な思いだった。

彼の父は処刑されたことを知っていたからだ。

そして彼女はそうなってしまった原因も知っているからなおさらだった。

それでもそれを表情には出さなかった。


「すまないな、こんなことを聞いて」

「そう思っているならガンガン修行をさせてください、師匠!」

「それでよいのなら」


グリスはその言葉に満面の笑みを浮かべ。


「もちろん」


と答えたのであった。

こうしてグリスとセルマは出会った。



二人は次の日から修行を始めた。いや正確には一人増えていた。

その増えた一人は昨日、彼を殴った少年だった。


「あっ、君は昨日の」


その少年を見てグリスは恐怖で一歩下がった時、思い出せなかった少年の名前を思い出した。


――そうだ、クラスのリーダー的な人だ、名前は確かロッシュ・ウェイランド君だ。


しかし思い出したからといっても恐怖心は消えない。

だからグリスの問いかけは少し声が震えていた。


「な、何か用なの?」


「いや、そのな……」


なぜか言いにくそうにしている、近くで見ているとかなり奇妙な光景である。

しかしその少年は意を決したように言った。


「昨日は悪かった……」


予想外に謝られたのでグリスはどう反応したらいいのか、わからなかった。

だが、どうにか言葉を返した。


「いいよ、勘違いは誰にでもあるから」

「勘違いじゃなくて、本当に盗られたんだけど真犯人にがいたんだよ、そいつは……」


「いいよ、言わなくて」


グリスはこの少年がグリスをいじめる奴に騙されていたことはわかっていた。

だからあえてそこで言葉を止めた。そして話しをそらすように疑問を口に出す。


「そんなことよりもどうして君は師匠とここに来たの? 謝るなら学校でもよかったよね


「ふむ、それは私から話そう。実はいつものように修練をしていた時、彼の父に彼を鍛えてくれと頼まれてな、民の願いを叶えるのも仕事ゆえ、引き受けたのだ、それに……」

「それに?」


「歳が近い者がいるとお互い励みになるだろうと思ったのだが……迷惑だったか?」


二人は頭を横に振り否定した。

その動作は面白いぐらいに同じだった。


「そうか、ならよかった。それではさっそく始めるぞ? 二人は知り合いみたいだから名乗り合わなくて大丈夫か?」


彼らはゆっくりと頷いた。

それを見た彼女は小さく頷くと、持ってきた竹刀を床に置いてから修行内容を話し出す。


「まずは基礎練習、腕立てと腹筋をまず三百回ぐらいやってもらおう」


その指示を聞いて、グリスは黙々と始め、ロッシュは文句をつけながらも始めた。

そして二人同時に終わった。


「やるな、お前……」

「ウェイランド君ほどじゃないよ」

「よせやい、普通にロッシュでいいよ」

「じゃあ僕もグリスでいいよ」


そのおかげか二人の間に妙な連帯感が生まれていた。

そしてグリスはここで初めて生き生きとしている自分を知った。

それをもう少し味わいたかったが……。


「次は素振り千回」


セルマのこの一言で切り替えてグリスは素振りを始めた。

それに負けまいとロッシュも始める。

そしてそれも終わり、最後に精神統一をして、この日の修行は終わった。

その時には二人の元気はあまり残っていなかった。


「初日から飛ばしすぎです師匠……」

「……そうだぜ」


二人はそれだけを言って地面に倒れこんだ。

どうやら疲れて眠ってしまったようだ。


「少しやりすぎたか……」


セルマは少し反省しつつも、二人を家に送るために引きずり、その場を後にした。


彼女が最初に向かったのはロッシュの自宅だった。

彼の自宅にいたのは彼に似ていて眼鏡をかけた茶髪の中年男性だった。

その男性は彼の父親だった。その父親は笑いながらセレスを見ていた。


「いやぁ、すいません、うちの息子をここまで送っていただいて……」


そして彼はそう言いながら、気絶したように眠っている息子の頭を軽くなでるが、その表情はとても優しく穏やかだった。


「いえ、こちらがやりすぎたゆえ、こうなったので気にしないでください、父君」


彼女の言葉にロッシュの父は少しだけ苦笑をした。

そして彼女が引きずるように連れている、グリスに目を落とす。


「それにしても、この子も大きくなりましたねぇ」

「子供は簡単に成長するものだ、ロック」


彼の父親、ロック・ウェイランドに呟くように彼女は言った。

自身もグリスと対して変わらない歳だとは自覚はしていたが彼女はそう思っていた。


「まったく貴女は……もう少し子供らしく振る舞ってはどうです? 貴女はまだ子供なんですから罰は当たりませんよ」

「気づかいは結構、私が自分で選んだ道だ」

「そう思っているなら、もう何も言いませんよ、ただ彼に罪はありませんよ」

「……わかっている、本当に罪があるのは……いや、よそう」


一瞬だけ彼女の顔に悲しみの色が浮かぶが、すぐに凛とした表情に戻った。


「長居してしまったな、私はこれにて失礼する」


それだけ言って彼女はグリスを引きずりながらこの家を後にした。

それを見届けたロックは一言呟いた。


「貴女は他の道ではなくて、どうしてそれを選ぶのですかね、他に道などあったでしょうに」


しかし彼の呟きは誰にも届くことなく、空に消えていった。


セルマと修行を始めてからもう半年が経とうとしていた。

最初の頃は竹刀すらまともに振れなかった二人だったが、今では軽く三千回は振ることが可能で段々ときつくなる修行の後も自主練習ができるまでとなった。

セルマがそろそろ二人は卒業か? と思っていた、そんな矢先に事件が起こった。

それはこの場所には不釣り合いな音から始まった。


爆音、そして、そこにあるものを無差別に壊すような音が響いた。

その異変に気づいた彼女は二人にこう言った。


「私は様子を見てくる、二人はここで待機だ」


そして彼女の得意な武器である、棍を片手に走り出してしまう、しかし二人は彼女との修行のおかげで自信に満ちていた。


だから彼らは彼女の指示を無視して後を追った。

本物の戦いの恐怖なども知らないで……。



セルマが村に辿りついた時には村の家には煙が上がり、人々は悲鳴や叫び声を上げながら逃げ惑っている。

彼女は小さく舌打ちをした後に大地を駆けた。

逃げ遅れた人がいないか、襲撃者の目的は何かを探すためにも。


幸いにも村人は怪我を負っていたが死者は見当たらず、安心した彼女だったが、その瞬間を待っていたかのように、襲撃者たちは彼女のまわりを囲んだ。


その動きは統率されており、まるでどこかの軍隊みたいだった。 そこで彼女は思い出した。

七年前の事件を。

それは帝国などではよくある事件だった。


その事件とは第一王位継承者ラグナ王子暗殺のことだった。

その事件の内容は帝国騎士であるグリスの父、アルド・エタロンが王子を暗殺した事件の事だ。


しかしこの事件の首謀者である彼はすでに死刑にされており、さらに協力者は騎士の地位を剥奪され島流しにされたという事件で、もう終わったはずのものだった。


――なぜ、それが浮かぶ……。


セルマは必死に思い出そうとした。

そして辿りついた。

彼女が、どうしてその事件が浮かんだのか……。

それは今この場にいる襲撃者の一人がその島流しにあった人物であったからである。

それに気がついた彼女はその彼を見つめて、怒りをにじませながら叫んだ。


「なぜ貴様がここにいる……リアンゲール帝国の騎士で王子の元護衛、ヴァン・トライシン」


その問いにヴァン・トライシンは自身のとび色の髪をいじりながら、不真面目な笑みを顔に浮かべながら答えた。


「愚問ですよ、島抜けしたからに決まっているじゃないですか」

「そういう意味ではない、どうしてここに来た」

「アルド隊長の愛弟子の様子を見に来たのさ、それだけじゃダメかい?」


セルマは王子暗殺を企てた、アルド・エタロンの愛弟子だった。

それはある意味で思い出したくない過去だった。

それを思い出させるようにあえて彼は言った。

それはセルマをおちょくるためだろう、それに気がついた彼女は会話を諦め、棍を構えた。


「もういい、全員かかってこい……」


その時点で彼女の目には敵と認識した襲撃者たちしか目に入っていなかった。

そして襲撃者たちは剣をセルマの頭めがけて振り落とした。

それからその場で響いた音は鈍い音だった。


セルマが襲撃者に剣を振り落とされる十分ほど前。

グリスたちも村に辿りついた。

そこで見た光景は将来忘れることがないだろうというほど強烈だった。


一面焼け野原のように何もないのだ、木も花も家すらも、そして他には傷ついた人々だけだった。

グリスはその光景に怒りよりも先に恐怖が浮かんでいた。


――怖い、怖い、なんて怖い。


反対にロッシュはその光景を見て怒りが浮かんでいた。


 ――なんて酷いことを……。


二人の感情はまったく反対にずれながらも二人は進んでいった。

そして小さい広場に辿りついた。

焼け野原になる前は子供たちが遊べる場所だったのだろうが今は見る影もない。


「不気味なくらい誰もいない……」

「そうだね……」


二人は不気味に思いながら辺りを見渡す、すると銀色に光る物があった。

グリスは恐る恐るそれに近づいた。

それは刃渡りが十センチ程度のナイフだった。

それを確認した彼は後ろにいるロッシュに声をかけるために振り向いた。


「ねぇ、こんなのが……」

「へぇ、さっき僕が投げたナイフをよく見つけたねえ」


しかしそこにいたのはロッシュではなくて見知らぬ青年だった。

そしてロッシュは地面に倒れこんでいる。


「だ、誰……」


グリスは恐怖に陥りながらも短剣を構える。

しかしその青年は酷いなぁと言って、ヘラヘラと笑っているだけだった。

それはグリスにとっては恐怖でしかなかった。


今の彼の心を支配するのは逃げなければ危ない、ただそれだけしかなかった。

しかし彼はそれを何とか打ち消そうとする。

彼はロッシュを見捨てることなどしたくなかったからだ。


「ふうん、見捨てないんだ、今時の子にしては珍しいねぇ……そうだ、君、一緒に来ない?」


――こいつは何を言っている?


 突拍子もない言葉にグリスの思考がぐらつく、何を言っているのか、まるでわからない。


「君が来てくれたら、もうこの村は襲わないよ」


しかしだんだんと理解した、それはとても簡単な話しだった。

自分が行けば、この村は少なくともこいつらに襲われることはないかもしれない。

そんな考えが頭をよぎる。


「さあ、どうする?」


その問いに彼はそれを呑むことに決めた。

グリスは一歩だけ前に出る、答えを相手に言うために。


「僕を連れ……」


その時だった、グリスは足を誰かにしっかりと掴まれた。掴んだのはロッシュだった。


「ロッシュ……」

「早まるんじゃねーよ……」


彼の力は弱々しかった、しかしそれとは反対に言葉は力強かった。


「お前が犠牲になって、得られたもんに誰が喜ぶんだ。少なくとも俺はお前だけが犠牲になって得た平穏なんて、いらねぇよ」


彼はそれだけ言うと気を失った。

しかしグリスにとってはそれで十分だった。


「ありがとう、ロッシュ」


彼はロッシュに礼を一言呟いてから勇気を持つためにこう叫んだ。


「僕らはあのセルマ隊長の弟子だ。だからお前の提案になんか乗らない


そしてグリスは青年の方を力強く見た。

しかしそこにあった青年の顔で再度、彼の心は恐怖で凍りつく。

青年の顔には悪意に満ちた笑みが浮かんでいた。


「セルマ隊長……そうか君らはあいつの弟子なんだぁ」


それだけ言い終わると突然高笑いを始める。

そしてひとしきり笑うと急に真剣な顔つきなった。


「気が変わった……君らは殺してあげるよ」


全身から出る殺気にグリスは気圧され、その場で尻餅をついてしまった。


――怖い、怖い、どうしてこんなことを平気で言えるんだ。


じりじりと相手は近づいてくる。

相手は剣を抜き、高く掲げた。その間もグリスは恐怖に支配されていた。


――怖い、怖い、怖い、怖い。


そして剣は彼めがけて振り落とされた。

しかし響いた音は肉が切れる音ではなく乾いた音だった。

さらに別の音が響いた、それはグリスが恐怖のせいでその場に倒れる音だった。


「あらら、威嚇のつもりだったんだけどなぁ」


そう言いながら青年は剣をしまう、そして心底楽しそうに笑う。


「まあ、これでいいよ、駒が手に入ったし。さて今からセルマ隊長のかわいらしい顔が歪むのが楽しみだよ」


こうして二人は青年によって運ばれた。

彼女を窮地に陥れる駒として。




振り落とした先にセルマはいなかった。あるのはただの地面だけだった。

彼女は人の間を素早く通り抜け、囲まれていた場所から抜け出していた。

それに気づいた数人が辺りを見渡すが、時すでに遅し、彼女は凄まじい跳躍力で空高く飛んでいた。

その彼女の手には長い棍が握られていた。その棍を振り回しながら、彼女は頭から落ちた。

そしてそこから振り回した棍は、襲撃者全員のこめかみに見事に叩き込まれ、襲撃者たちはその場に崩れ落ちた。


「ビューティーフォー、見事な腕前ですね」


彼は一定のリズムで拍手をする。その行動をセルマは訝しげに見つめる。


「何をふざけている、もうお前しかいないぞ」

「そうですねえ、もう私しかいませんよね」

「降参するなら今のうちだ」


彼女は口でそう言いつつも棍をいつでも叩き込めるようにしていた。

相変わらず甘くて愚かですね、どこの世界に自分を殺そうとした輩に降参を求めるのですか?


彼はそう言いながら声を殺して笑っていた。


「まあでも、こうなるだろうと思っていましたよ。だから奥の手を用意しました、喜んでください、お師匠様」


彼は手をある方角に向けた。

そこにいたのは捕まっているグリスたちだった。


「なぜ、二人が……」

「この二人は貴女の弟子だそうですね? いやぁ貴女、そんなことができるんですねぇ」

「黙れ、卑怯者……」


握る棍に怒りがにじんでおり、顔には焦りが浮かんでいた。それでもまだ彼女は冷静だった。


「どうせなら外道と言われたいなぁ、だって卑怯者って姑息だし」

「貴様の戯れ言など、どうでもいい二人を解放しろ」

「戯れ言ね、じゃあ戯れ言だと思ってくれてもいいけど、言いたいことがある」


彼はそこで一息ついて、嬉しいような悲しいような奇妙な表情をしてから、話し出した。


「何年前か忘れたけど王子暗殺事件ってあったじゃない? あれやったのは自分なんだよねぇ」


その言葉で彼女の中で何かが切れそうだった。


「……なぜそれを今になって言う」

「王に復讐したいから」


その顔は今までのように笑ってはおらず真剣だった。


「王子暗殺事件の犯人は別人だった。それが国中に知れれば、王は失脚するしかないだろう? だってあの事件の首謀者とされた人はこの国では英雄だったもの、それを間違えて処刑しましたっていったら応の権威はがた落ちだよね」


「復讐したいなら、王を暗殺対象にすればよかっただろう……どうして王子を殺し、隊長まで巻き込んだのだ」


少しずつだが彼女の中で心がすり減ってきた。


「おお怖い、とても騎士隊長の言葉とは思えないね。でも知りたいなら教えてあげる」


彼はセルマの近くまで来て、耳元でささやいた。


「王の苦しむ顔を見たかったから王子を殺したのさ。だけどね、アルド隊長の処刑には僕は無関係だよ。王が勝手にしたことさ、なんにも証拠がなかったのにね」

「貴様、それだけの理由であの人を……あの人たちが死ぬ理由を作ったのか」


最初の言葉を聞いた彼女は完全に心がすり切れ、後ろの言葉は耳には届かなかった。

しかし彼の心もすり切れていた。


「それだけ? あいつのせいで僕の姉は死んだ。あいつはする気もないのに結婚の約束をして、邪魔になったから、僕の目の前で姉を殺したんだ。とても、悲惨だった。それに姉はたった一人の家族だったのに……姉はあいつにさえ会わなければ、今だって生きていたかもしれないんだよ」


彼は泣いているのか笑っているのか、わからない声だった。

それゆえにセルマは悩み判断を誤った。


「だから僕はあの最低な王に属する人はみんな死んでもらいたいんですよ」


彼は悲しみの表情を浮かべたが、すぐに笑顔に変わり不吉なことを言った。


「だから貴女も死んでください」


彼は笑顔のまま懐から短剣を取出し、セルマの腹部めがけて短剣を突き刺した。

彼女はそれを避けきれず、短剣は刺さってしまった。

成功したのが嬉しいのか彼は狂ったように笑っている。


――ああ、私もこれで終わりなのか……。


赤色がじわりじわりとにじみ、視界も歪み、セルマは立っているのがやっとだった。刺された腹部を手で覆いながらどうするべきか考えるが、彼女の意識はだんだんと沈んでいった。

そんな彼女の危機的状況の時にグリスたちは目を覚ましてしまった。


それは彼らにも衝撃的な瞬間だった。自分の師が刺され、血が大量に滴り落ちている。

それだけでも衝撃的だったが彼女の次の行動が彼らにさらなる衝撃を与えた。


瀕死の重傷を負っているはずの彼女は一歩ずつ彼に近づき、懐から短剣を取出し、顔に何とも言えない笑顔を浮かべながら彼の胸部を刺し、彼女はゆっくり地に沈んだ。


「……これは予想外でしたね」


彼は刺されたというのに取り乱すこともなく、その場に倒れた。

一部分を見ていた二人は彼女に駆け寄った。


「し、師匠死んじゃ嫌だよ」

「セルマ師匠、大丈夫ですか!


二人は口々に話しかけるが、彼女に反応はない。

二人は途方に暮れてしまった。そんな時、後ろから乾いた靴の音が響いた。

二人は緊張しながら振り向くと、そこにいたのはロッシュの父、ロックだった。


「ロッシュ、グリス君、無事でしたか」


いつも冷静な彼だったが、この時は少しだけ動揺の色が見えていた。

そして彼は地に沈んでいるセルマの様子を見てさらに驚いた。


「これは一体……いやそんなことよりも、ロッシュ、グリス君。君らは騎士団にこの現状を知らせてきてくれませんか?」


二人は力なく頷き、城まで走り出した。


「まったく無茶をして」


彼はため息をつきながらも応急措置をしてから彼女を自宅に連れていった。


セルマが目を覚ましたのはあの騒動から三日後だった。


「ここはどこだ? あいつはどうなった」

これが彼女の目覚めてからの第一声だった。


「まったく……目覚めて第一声がそれですか」

「ロック? なぜここに………痛っ」


彼女のその疑問は痛みのある腹部のおかげで解けた。


「そうか刺されて……ロック、手当てをしてくれたのだな、礼を言う」

「いえ、気にしないでください」

「そうだロック。あいつが言っていたのだが、王子の暗殺を企てたのは我が師ではなく、あいつだと言っていた、そして王様が我が師、アルド・エタロンを証拠もなしに処刑したと……」


ここまで言って彼女は言葉を切る、そして言いにくそうに呟いた。


「それは本当か?」


「そうですよ、アルドさんは、証拠もなしに処刑されたのです。王様にね」


いつもはあまり表情を変えない彼女だったが、この時ばかりは驚きを隠せなかった。


「知っていたのか……だったら、なぜ言ってくれなかった」

「言えませんよ。特に貴女にはね。貴女はそれを知ったら王様に言うでしょう? そうしたらいくら貴女でも無事でいられないと思ったからですよ」

「そうか……」


彼女は自分自身の性格をわかっていた、確かにそれを言われたら彼の言ったような行動をするだろうと思った。そして彼のいうように王になんらかの制裁を受けていただろうというのは容易に想像できる。


それでも知らないことが、守られていたことが悔しかったのだろう。

彼女は涙をこぼしていた。


「そうなのか私は守られていたのか……」

「前々から言っているでしょう、貴女はまだ子供なのだからそれが当たり前だと」

「そうだとしても、そうだとしても……」


セルマは悔しさのあまりに拳で壁を叩いた。


「……それでこれを知って、これからどうするんです」

「……国を中から変える、私の力でどこまでやれるかわからないが」


それを言った彼女の目は力強く輝いていた。


「……貴女の決断しかと受け止めました」


その答えに少しだけ嬉しそうな表情になったが、また言いにくそうな表情になった。


「それで一つ願いがある、グリスたちには私が死んだと伝えてほしい」


「なぜですか?」


「これから私が戦うのは国なのだ。それに二人は巻き込めない」

「その気持ちはわかりました。貴女の意見を尊重しましょう。嘘は嫌ですが、しょうがありません。ただ一つ覚えておいてください」


彼は人差し指を立て、セルマにこう告げた。


「一度繋がった絆はそう簡単には切れません。そして絆はいつかまた別の思いにも繋がります。それを忘れないでください」


「何を言っている?」


「今はわからなくていいですよ。では城に伝えてきますから、おとなしくしていてください」


彼はそっと部屋を後にした。ここに残された彼女はただ窓から空を見つめていた。



「親父、どういうことだよ……」

「おじさん、それって本当なの?」

「本当です、彼女は死にました。あの怪我が原因で」

「う、嘘だよ。嘘だって言ってよ。おじさん」

「辛いでしょうが真実です」


グリスはその場で泣き崩れ、その声は悲痛に満ちていた。


「……少し部屋に行ってくる」


そしてロッシュの顔も今にも泣き出しそうだった。


「ロッシュ、泣くならここで泣いていきなさい」

「男が人前で泣いたら、かっこ悪いだろ……」


彼の声は震えていた。悲しみに必死に耐えているのだろう。


「強がらなくてもいいんだよ」


ロッシュの頭を優しく撫でる。

それが引き金となったのか彼の涙がこぼれた。

彼らはしばらくの間、泣き続けた。




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