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二
緋衣は森の木々がまばらなある場所に立っていた。そして、その緋衣を遠回しに取り囲むようにケモノ達が集い、円を描き、皆が静かに緋衣を見ていた。緋衣は、すぅっと息を吸い、唄い出した。
木の葉が揺れた 優しいそよ風が吹いた 草木がざわめいた―
草木が育ち木々がざわめく森の中 ケモノが悠々と生きている
そんな中私は生きている 悠久の時を生きたこの森を私は守っている
山を守りし姫、守り人よ 私は役目を背負いし者 私が守った山を少しの間、
あなたが守っておくれ
山を守りし姫、守り人よ この森の運命をあなたは知るでしょう―
森を守りし姫、守り姫よ あなたが去りし時私は祈ろう あなたの想い
あなたの力 全てを想って私は舞おう
森を守りし姫、守り姫よ 私はあなたを守り続けよう―
悠久の時を生きたこの森の運命を私は知っているけど 私は守り姫
この山を この森を 守りし者―
緋衣が唄っている間は皆が瞳を閉じ、静かに聴いていた。
唄を聴いていたケモノ達の中の怪我を負っていた者の傷は癒え、穏やかだった。森の木々は静かにざわめき、幼い木々は少しずつ葉をつけていった。
暖かな陽光を浴び、唄う緋衣は、この上なく、美しかった。
ケモノ達は唄が終われば、緋衣にすりよって帰っていった。
<今日の分は終いだ。>
緋衣は羽衣を翻し木賊のもとへと向かった。
<守り姫の唄···>
緋衣は立ち止まり幼い頃のことを思い出した。
(ばぁば、何?その唄?)
(守り姫の唄さ。お前にも教えてやるよ。)
(ほんと?)
(あぁ。でも、今はまだ早いよ。もう少し大きくなったらね。)
婆は優しく緋衣の曙色の髪を撫でた。
<あんなに優しい顔をした婆はもう久しく見てないな。>
物思いに浸っていたとき、木賊の声で一気に引き戻された。
[緋衣!どうしたんだ、行くぞ!]
「あっ、あぁ。」
緋衣は急いで木賊に駆け寄り弾みをつけて飛び乗ったと同時に木賊は駆け出した。
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<やけに村のほうが騒がしいな。何かあったのか?>
山の中にいても微かなざわめきとして聞き取った緋衣は方向を変え、木賊とともに村へと向かった。
山から抜け、村へと続く道を駆けていた。次第に村が見え、緋衣は木賊に歩くよう伝えた。
完全に村が見えるところにつくころには緋衣は木賊から下りて木賊を再封印して小さくし、休ませていた。
皆が楽しそうに何かの準備をしていた。緋衣はそのまま、村へと足を運んだ。
「あっ、緋衣様!」
緋衣に気付いた村娘の織子が緋衣のほうへと駆けてきた。
「ご無沙汰しておりました。もう、お身体は大丈夫そうですね。」
「あぁ。あのときは、というよりかいつもすまん。」
「いいえ。緋衣様の村での身の回りのお世話を言使っております。これ程、栄誉なことはありません。私はとても誇りに思っているのですから。」
「それはありがたいことだ。村長や皆には迷惑しているだろうに。」
「緋衣様、そのようなことをおっしゃらないでください。我らが弱い為に緋衣様のお手を煩わせているのに、そんなことを思う者はおりません!」
緋衣は涙目になりながら訴えてくる織子を見て、自分の勘違いに気付いた。
緋衣は涙目をしている織子の頭に手をおき優しく撫でた。
「そうだな。私が間違いだ。お前がしっかりとしているから、いつも勘違いを起こす。許せ。」
「緋衣様···!」
緋衣は静かにうなずいた。織子は目にたまっていた涙をふき、笑顔で緋衣のほうを見た。
「ところで、今日は何故このようににぎやかなのだ?森の中にまで聞こえていたぞ?」
「えっ!?まさか緋衣様、お忘れですか?」
「? 何をだ?」
自分のことを忘れたとは···と頭を抱える織子を余所に緋衣は皆の様子を見ていた。
はぁ。と大きなため息をつき、あきれ半分に織子は言った。
「では、本日太陽が西に沈む時、再びここへとお越しください。私がおりますゆえ。」
「あぁ。よくわからぬがすまん。」
緋衣はすっとぼけてることを言っていても、織子の瞳の中の炎を見逃さなかった。
「では、またあとで。」
「では。」
深々とお辞儀をする村民に背を向け羽衣を翻し木賊に乗った。
木賊にまたがり森の中へと入ってしばらくすると、木賊は口をひらいた。
[緋衣、まさかと思うが···]
「何?」
[あの娘に重ねてはおるまいな?]
「······」
<答えられない。それもそうか。私は木賊の言うとおり、織子に重ねているのだから。>
[あの娘は朱衣ーしゅいーではない。あの子はもういないのだ。]
朱衣。闇へと下った人間の手に落ち、あの子の相棒の珀と共に死んだ、緋衣の妹だ。
「うん。わかってる。もう、いないってことくらい。」
[わかってると思うが、入れ込むな。またいつ、あいつらが変わるか分からない。]
「うん」
<わかってる。人間は信用ならない。人間は最悪の種族だ。
朱衣を殺した、最悪の種族だ。>