8-始
数日後、身分証明書が発行されたというメイドからの連絡を受けて、僕は黒王のもとへと向かった。
メイドによれば、僕が転移した場所、玉座の間というらしい、場所に行けば良いとのこと。
一人では迷う可能性が高いので案内を頼む。
しばし歩いて到着。
巨大な扉が一人でに開く。
そこにはアルだけでなく、三人の人間らしきもが存在していた。
生憎部屋の広さが尋常ではないので確認するために玉座へと近づいていく。
人間はアルも含めて四人、その全員が玉座の前に立って僕を見ていた。
一人は目に痛いほどの赤いドレスを纏った女、身長はかなり高くヒールでは無いにも関わらず180cmを優に超えている。
身につけている装飾品は全て赤で統一され、攻撃的な印象を見るものに抱かせる。
一人は眼鏡を掛け、青い軍服を纏った青い肌の女、肌の色からして人間ではないことがうかがえる。
眼鏡の奥の瞳は冷徹そのもので実験動物でも観察するかのように微動だにせず僕を見ている。
一人は緑色の浴衣を着た老人、頭頂部には頭髪は無く、代わりに数本のサルノコシカケのようなきのこが生えている。
右手が存在せず、浴衣の袖がひらひらと風に揺れている。
そして黒王、ヴェルトゥス・アルメリア、黒一色の出で立ちは闇のようである。
四人と相対する。
最初に口を開いたのはやはり、と言うべきか、それともこの場では意外にもと言うべきか、黒王だった。
「よく来た善仁」
「そういえば言って無かったな、こだわりが無ければ上の名前で呼んでくれ」
「そうか、では榎本くん、これが君の身分を証明するプレートだ、くれぐれも紛失しないように」
と言ってプレートを差し出される。
そのまま受け取った。
しげしげとプレートを眺める、
基本的な情報、生年月日、名前、産まれた国、年齢、種族……
裏を見ると、『第一級討伐対象』の文字。
口角が上がっていくのが分かる。
「あっはっはああああああああはああああああああああっはああああ!!!!!」
「くかかかかかかかかかかかかかかか!!!!」
僕が笑い出すと同時にアルも笑い出す。
ちなみに人間に近い方が僕だ。
「そうか、そうか、そうか! 面白いぞ黒王! 敵では無いもんなぁ! あっはっはああああああっはあああはああ!」
「当たり前だぞ榎本ぉ! 私がいつ味方だと言ったぁ!?」
緑色の老人が申し訳なさそうに手を挙げ、口を開く。
「すまんが、そういうことなんだ。 ま、その様子だと心配はいらなさそうだけどの」
「大丈夫だよお爺さん、やっぱり人間って糞だわ」
「それになったからといって街に入れなくなったり罪人扱いを受けるというわけではない、たまに襲撃はされてもらうがの」
赤い女が口を開く。
「帰ってもいいか」
「ああ、すまんな騒がしくて、君達を呼んだのは討伐対象の変更をその目で確認してもらうためだ」
「……そうか、なら帰る」
答えは聞いていないとばかりにつかつかと出口に向かっていった赤い女。
青い女がこちらを見てそのクールでクレバーな雰囲気とはまるで正反対の笑顔を見せた。
音で表すなら『ぎちぃ』や『にちぃ』など、邪悪そのものの笑みだ。
「私も帰らせてもらいます」
「ああ、ではな」
「ははは」
今度は天真爛漫な子供のようなあどけない笑みを浮かべて出口へ向かっていく。
「では坊主、榎本と言ったの」
「はい」
いかにも申し訳ないといったような感じで手を合わせながら緑の爺は言った
「すまんがこれから討伐隊300名を皆殺しにしてもらいたいんだが……」
「いいですよ」
これを快諾。
「どうせこれからもこういうことが起きるんでしょうし、予行練習とでも思っておきますよ」
「そう言ってもらえると有難い、そうだ! 黒の王! 旅の資金はたっぷり渡しておけよ!」
「肝に銘じておきますよ」
「うむ、では儂も帰る」
扉の手前で立ち止まり、
「小僧」
「はい?」
「お前はたった今から悪と成ったが、それをどう受け止める?」
受け止めるも糞もあるか。
「貫き通してやるよ」
「……ほ、そうか、ではの」
視線を目の前のアルに向ける
「すまないな、許してくれ、悪気は無い」
黒の王に相応しい真っ黒な微笑み。
「300人の兵士はこの街のすぐ外に待機している」
「100人×赤青緑の3で300と」
「その通りだ、ああ、全員を殺し終わったら改めて俺の下へ来い、軍資金をくれてやる」
楽しくて仕方がないご様子。
マジで殺したい。
そこで黒王が笑顔を消して、神妙な面持ちになり、お前の為を思って言うが、と前置きをし、言う。
「お前かなりの精神異常者だぞ?」
「知ってる」
◆
プレートを学ランの内ポケットに仕舞い、巨大な門を開いて、踏み出す。
玉座の間から城の入口へと直行。
全速力で走る。
外へ繋がる扉を、【陰の支配者】で自らの影を腕に纏いパイルバンカーの様に巨大な破壊槌を打ち出して破壊。
後ろからメイドの悲鳴が聞こえたが気にしない。
そのままの勢いで飛び出し、階段を無視してジャンプ。
影を巨大な腕に変えて掌に着地し、投げ飛ばす。
落下地点に薄い影を何層にも重ねて作ったクッションを設置し、衝撃を殺す。
五回ほど繰り返すとアーテムを取り囲む3m程の壁にたどり着く。
空から降ってきたことに対して何か周囲が騒がしくなったものの無視。
壁を乗り越えて外に出ると一面の草原に屈強な兵隊たちが並んでいる。
先制攻撃として丁度中心あたりに立っている兵士の影を変化させ、360度全方位に50m程度の無数の針を展開。
結果として範囲外の30人程が生き残った。
それでもなお戦意を失わない30人、正確には32人だが、がこちらへと突っ込んでくる。
勇気と無謀は違うと教わらなかったのだろうか。
右前方から12人、左前方から12人、正面から8人。
右前方の内、8人を針で殺害するもその間に距離を詰められる。
念の為に自分の身体を全て影で覆い全方位へと針を展開。
感知できる生命体はもはや壁の内側にしか存在していない。
ここに第一回榎本善仁討伐隊は僅か38秒で殺害された。
こうして彼、榎本善仁は悪と成り、敵と成った。