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5-食

 午後5時、夕日が大地を赤く染め上げる頃。


「お食事をお持ちいたしました。」


 来たか、この時が。

 この世界に来てから様々な想定をしているものの、こと食事に関してはまるで想像もつかない。


 何故俺がここまで警戒しているのか。

 それは最悪の事態に備えている。


 懸念はただ一つ、食えるかどうか。

 見た目はどうでもいい、極論液体だけでもいい。

 問題なのは味だ。味。


 もう栄養取れなくてもいいから。舌に合えばなんでもいいから。


 米とか言わないよ、別に食いたいとも思わないし。


 テーブルーマナー、そう、テーブルマナー。

 全くわからぬ。どうしようか。


 ……まあ、来てから考えよう。


 ……。


 ああ、そういうシステムなのね。

「どうぞ」

「失礼します」


「夕食をお持ち致しました」

 聞こえてきたのは若い女性の声。


「はいはい」


 寝室からリビングへと移動。いつの間にやら用意されている巨大なテーブルとその上に並ぶ食器。

 そして品の良さそうな赤を基調とした椅子。

 これに座れということか。


 お行儀よく着席。


 ドアの前で待機していた女性……メイド(仮)が俺が座ったのを確認し、喋り始める。


「本日のメニューは」

「ああいい、言われても善し悪しは俺には分からん、食べ方だけ教えてくれ」


 途中でセリフを遮られても顔色一つ変えない、流石プロ。


「かしこまりました、ではお料理を運ばせていただきます」


「基本的にはナイフでお料理を食べやすい大きさにカットし、フォークで刺して口に運びます」


 そういう意味じゃなぁい。

 この料理はソースをかけてお召し上がりください的なのを期待していた。

 そこまで僕はアホではない。舐めてくれるな。


 しかし折角の好意を無下にするわけにもいかないので聴いてるふりをすることにした。


 少ししてから言い終わったと思われるメイド(仮)が料理を運んできた。

 てっきりフルコース形式的な感じのを想像していたが実際は御膳形式らしい。


 まあどうでもいいのだが。肝心なのは味だよ味。


 バスケットに入れられたパンが並ぶとともにお召し上がりくださいの合図。


 目の前に並ぶのはサラダ(仮)、ステーキ(仮)、スープ(仮)、それぞれが通常店で見るような量の半分程度の量になっている。

 まあレストランのディナーと考えれば妥当だろう。

 ディナーは見たことすらないけど。


 いただきますと心の中でまだ見ぬ謎生物たちに三度の礼を捧げ、いざ。


 とりあえずこのサラダ(仮)からいただくことにする。


「料理名は省略しても構わないとのことでしたので省略させていただきます、フォークで野菜を刺してお召し上がりください」


 しゃくしゃく。


 ……うん、非常に新鮮で瑞々しい。

 驚いたのはこの葉野菜ね、人参の味がしやがるの。生意気にも。

 ちょっとテンション上がってきたよ。


「言い遅れましたがパンはお好きなタイミングでお食べください」


 冷めないうちにスープへと取り掛かる。


「スプーンで一口ずつお口にお運びください」


 ……紫色のスープは初めて見たな

 パセリがアクセントになっている。

 毒々しい色をしている。


 駄目だ、どう取り繕っても毒々しい以外の言葉が見つからない。


 深く考えずに一口。


 見た目からは想像もできないまともな味、甘味の強いオニオンスープと言えばいいのだろうか。

 具材は全て溶けているようで、若干のとろみを感じる。

 ただこの見た目なので拍子抜けしてしまったのも事実である。


 もうちょっと、こう、面白くても……はい、食べられるだけで幸せです。


 メインのステーキ(仮)。


 見た感じは牛肉のようだ、赤身でサシが入っている上等そうな肉。


 言われる前にフォークで口に運ぶ。


 牛肉に近いものの、多少の癖がある。見た目とは裏腹に噛めば噛むほど肉汁が溢れ出す。


 バスケットからパンを一つ取り出し千切り、食べる。


 パン自体にも多少の味付けがなされているようで、肉の癖が和らぎ、感じられなくなった。


 なんだなんだ、普通に美味しいじゃないか。

 ちょっとグルメツアーとかしたくなってきちゃったぞ。


 80g程度の肉を食べ尽くす。


 量には見合わぬ満腹さだ。

 満足したよ。


「下げてもらって構いませんよ」

「はい」


 ……いたって普通の現代人である僕はこういうのは慣れませんね、というか経験がありませんので本当に合っているのかすら疑わしいです。


「ではお部屋を片付けさせていただきます」


「【黒穴(スワーツェズロー)】」


 広がるメイド(仮)の影。

 その影がテーブルと椅子に触れた瞬間からそれらが黒に侵食され始める。

 10秒程度で全てが影に飲み込まれてしまった。


「では、失礼致しました」


 ふーむ、あのメイドさんも黒の色使いかぁ……。

 今のを見る限り、黒の色法には影を軸にした物が多いのかな?

 でもサンプルがあまりにも少ないからなぁ……。決め付けるのも早計だし…


 ううむ、分からぬ。




 ◆




 黒王、ヴェルトゥス・アルメリアは考えていた。

 三幻色の戦士の始末についてはもうすでに各都市にメッセージを送った。


 今回の種は他でもない召喚者についてである。

 自身を榎本善仁と名乗った奴は一体どのような世界から送られてきたのだろうか。


【幻影】越しとはいえ躊躇なく他人を殺害できる精神、数秒後には何事もなかったかのように平然と話し始める始末。

 どこかモラルや道徳、倫理観等が存在しない地獄からやってきたのだろうか。


 そして何よりも恐ろしいのは奴が黒の色使いだということ。

 一般的に黒の色法には殺傷力の高い戦闘向きの法が多色よりも多く存在する。自身が黒の色使いだからそれはよくわかっている。

 その中には大規模破壊を容易に実行しうるものや、あるいは都市一つを一晩で無人に変えるようなものも存在する。


 奴がそのレベルに達する前に殺害してしまった方が良いのではないか。


 ここで彼は一つの案を思いつく。


 これを実行し、成功することができれば自身にはまるで被害が出ない。むしろ利益が生じるまである。


 しかしその前に奴に気がつかれれば、……いや、実力差では圧倒的に私が上。


 数度の躊躇の後、彼は秘密裏にこの計画を実行することを決定する。


 そう、討伐対象のすり替えを。


 この討伐隊については前に彼自身の口から説明した通り、黒の概念持ち以外を殺害することで、強制的に黒の色使いの権利を認めさせたことに対する各色の報復である。

 しかしこれは非常に重要な政治的意味を持つ。


 中心都市の名の通り、ここアーテムは三つの色都の中心に存在する。

 よって貿易において重要な中継地点の役割も持ち合わせているのだ。

 ここアーテムが黒の色都であるにも関わらずここまで規模を拡大でき、なおかつ存続できているのにはそういう背景がある。

 各色都の統括者達は民衆の不満を解消するために、形だけの討伐隊を編成、定期的にアーテムに向かわせてはしばらく滞在させてから撤退させるのである。

 希に正義感に溢れた者達が黒王に勝負を挑み肉塊となることもある。


 この討伐対象の変更とは黒王、ヴェルトゥス・アルメリアから討伐対象を榎本善仁へと移し替えるということである。


 この計画が成功すればそもそも討伐隊がアーテムに滞在する期間が短縮される可能性が非常に高い。

 そして尚且つ、危険分子である榎本善仁を処分できる。

 これにより討伐対象の死亡を持って晴れて黒王も命を狙われる危険性がなくなるのである。


 ただし非常に運要素が強いある種の賭けであり、失敗した場合は自身の首が飛びかねないのだ。


 大胆かつ慎重に、負ける確率が存在する場合は決して勝負をしない。

 その黒王にここまでさせる程の危険性を有しているという事実。


 黒王自身にとっても、また、榎本善仁にとっても、この計画が大きな転機となるだろう。




 成功すればの話だが。


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