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BLACK・LIKE  作者: 須方三城
第二章 彼は彼なりに若くあろうとしている。
8/16

07,黒斑さんはJKを助けた事がある。

 夕焼け染まる公園の隅、公衆便所の手洗い場。

 サングラス越しに鏡と向かい合い、黒斑は深く溜息を吐いた。


「いやー……今日もキッツいなぁ黒志摩ちゃん……」


 重い気分で言及するのは、出会ってまだ二日目の後輩について。


 ぶっちゃけ、もう黒斑の心は半分へし折れかけている。

 黒志摩と自分が打ち解けて談笑している未来が見えない。


「しっかし……やっぱ納得いかない」


 黒志摩がやたら素っ気ない態度を取ったり罵倒を浴びせるのは、見ている限り黒斑だけだ。

 討魔業務に出る前、黒志摩はオフィスで紅瓦達とも多少絡んでいたのだが……愛想が良いとまでは言えないまでも、極めて普通の会話を成立させていた。

 黒斑には事ある事に「見苦しい」とか言ってくるのに。


 明白に黒斑とそれ以外の班員で態度が違う。


「なんかこう…ここまで来ると、あの無愛想さにちょっと腹立って来たな……」


 黒斑だって、聖人君子じゃない。あくまで等身大の人間であり、中年とは言ってもまだ所詮三〇年も生きちゃいないヒヨっ子だ。

 いくら相手が「可愛がるべき後輩」でも、ちょっとばかしそう言う感情を抱いてしまう。


「それは、誠に申し訳ありません」

「ほわぁいッ!?」


 不意に黒斑の背後から響いた女性の声。謝罪の言葉を述べているが、その声は実に平坦で、語気から欠片も謝罪の誠意と言う奴を感じられない。


 声の主は……黒志摩だった。

 先輩を見る目としては絶対に不適切だろうジト目で真っ直ぐに黒斑を見ている。


「黒斑聖務巡査長は脂の乗ったこってり系中年男性ですからね。私なんぞより、もっと愛想のある爽やか系の新人が望ましかっただろう事はお察しします。お気の毒に」

「なっ! 脂て! これでもそれなりに鍛えて…と言うかそれ以前に黒志摩ちゃん、ここ男子トイレなんだけど?」

「猥せつ行為が目的で無い場合、異性向けの施設区域内に入っても罪に問われる事はありません」

「いや、犯罪とかそう言う話では無くて……」

「私が今回、男子トイレに立ち入るに至った最大の理由は、小の方だと言っていた割に戻るのが遅い黒斑聖務巡査長がもしや中年特有の何かしらのためにトイレ内で倒れているのでは無いか、と危惧したためです」


 なので道徳的にも問題視される謂れはありません、と黒志摩は堂々言い切った。


「まぁ、実際の所は、可愛気の無いクソ生意気な後輩に対し、辟易とした溜息混じりに愚痴を零していただけの様ですがね」

「あー……いや、ごめんねぇ。その…今のは、ふと口をついて出ちゃったと言うか、魔が差した的な……本当にごめん」

「構いません。お察ししますと言ったでしょう。それに、陰口と言う陰湿かつ卑劣かつ性根の腐り切った行為は、黒斑聖務巡査長には実にお似合いですよ。適材適行とでも言いましょうか」

「なんか蔑みの詰め込み具合がすごいんだけど!? もしかして滅茶苦茶怒ってない!? まさか、無愛想な事が結構コンプレックスだったの!?」

「自身の欠点を気にせず生きていける程、私は老成していません。誰か様と違って若いので」

「お、おぉう……いや、本当にごめ…」

「さ、無駄話はこの辺りで止めにして、さっさと行きましょう。あなたと言葉で殴り合った所で、微々たる利益すらありません」


 ぶっつりと会話を切り捨て、黒志摩はスタスタとトイレを出て行ってしまった。


「……く、黒志摩ちゃーん……」


 ……迂闊だった。

 そりゃあ、自分の事を「無愛想な奴だ」と陰口叩かれたら、誰だって良い気分にはならないだろう。


 例え思っても、口にしていい言葉では無かった。


「あー……何であんな事を口走っちゃったかなー、俺……」


 ただでさえ、お世辞にも良好とは言えない関係が、更に悪化してしまった気がする。

 大チョンボだ。







 黒志摩を助手席に乗っけて、黒斑は夕焼けに染まる空の下、愛車を走らせる。


「……………………」

「……………………」


 今朝の黒志摩の要望を受け、現在車内BGMは無し。電気自動車なのでエンジン音も無い。強いて言えば、周囲の人に「車が走ってますよ」と認識させるために外へ向け放たれている疑似エンジン音が僅かに聞こえる程度だ。


「……あー、今日も今日とて夕日が眩しいねぇ」

「そうですね」


 余りに素っ気ない黒志摩の返答。

 黒志摩は現在、助手席でただ真っ直ぐに前方を見つめている。微動だにしない。


「………………………………」

「………………………………」


 会話が、欲しい。

 黒斑的には、本当にもう、何て言うかこう、会話が欲しい。間が辛い。これからもずっとこんな移動時間が続くと思うと気が重い。どうにかしたい。

 それに、先程の大チョンボの分も巻き返したい所だ。


 ……そうだ、先輩後輩が親密度を高める手段と言えば、とてもメジャーな手があるじゃないか。


「ねぇ、黒志摩ちゃん。今日暇だったら、仕事終わりに、飯…」

「非常に残念ながら、予定があるのでお断りします。またいつか誘ってください」

「……ですよねー……」


 一応、ただ断るだけではなく社交辞令らしきモノを言ってくれただけ、黒斑の予想よりはマシな返答だった。

 黒斑は黒志摩に気付かれない様に小さく溜息。


「……なんですか、その不満気な溜息は。見苦しい」

「あ、いや、ごめん」


 気付かれない様に吐いたつもりだったが、バッチリ気付かれていた。

 黒志摩は意外と目敏く、黒斑の一挙手一投足を見逃さない。


「今朝も言いましたよね? 不満があるなら言えば良いじゃ無いですか。それとも、そんなに陰口がお好みですか?」

「そう言う訳じゃ……じゃあもう、ぶっちゃけ言うけど……何と言うかさ、黒志摩ちゃんはもう少しくらい、俺に気を使ってくれても良いと思うんだ。仮にも俺は目上よ?」

「……見苦しい」

「今のも見苦しいの!?」


 余りのショックにアクセルを踏み込みそうになった。


「今のご時世、年功序列云々を語り出すなんて、老害以外の何者でもありません」

「あ、あのねぇ黒志摩ちゃん? 年齢抜きにしても、俺は一応巡査長で、君は四等巡査だよね?」

「聖十字警察隊に置いて、巡査と巡査長は役名と給与が違うだけで、権限は同一級であると聞いていますが」

「それはそうなんだけど……」


 聖務巡査長と言っても、これに含まれる『長』の字のニュアンスは『聖務巡査たちの長』では無く『長いこと聖務巡査やってますぜ』的な感じだ。

 要するに黒斑は『巡査部長まであと一歩なベテラン巡査』であり、黒志摩の上司と言う訳では無い。普通に同僚である。

 だから現に、黒志摩と共に地道な外回り活動(パトロール)に駆り出されている訳だ。


「…………………………」

「…………………………」


 辛い沈黙が再来する。

 ……今日は帰りにCD屋によって、ショパンのワルツを収録しているCDを探した方が良さそうだ。


「…………あ…………」


 ふと、黒志摩が窓の外を見て小さな声を上げた。


「? どうした? 魔物がいたの?」


 黒斑は急ぎつつも、危険が無い様に、速やかに道路脇に車を止める。


「あ、いえ……別に……」

「?」


 黒志摩にしては珍しく、要領を得ない返答。

 不思議に思い、黒斑も助手席側の窓の外を覗いてみる。


 黒志摩の言う通り、特別何も無い。

 公園の入口の鉄柵に繋がれた柴犬が、今まさに粗相をしているくらいしか特筆することの無い。極めて普通の日常風景だ。

 強いて他に目を付けるべき点を挙げるとすれば、電柱にくくり付けられている「交通事故注意」を呼びかける木製の古看板が取れかけで、たまに風で揺れている事とかか。


「…………?」

「……なんでも無いと言っているでしょう」

「……なら良いけど……」


 何か引っかかるが、当人が何も無いと言っているし、異常も見当たらない。


「…………あの、少し良いですか、黒斑聖務巡査長」

「ん? 何? やっぱ何かあんの?」

「いえ、ただ、気が向いたので楽し気な雑談でもしようかと」

「薬局に向かえば良いのかな?」

「熱とか無いので、風邪薬は不要ですが」

「…………!?」


 馬鹿な、熱も無いのに、あの黒志摩ちゃんが自ら進んで俺との雑談に興じようとするだと……!? と黒斑は驚愕の余り恐怖すら覚える。


「……やっぱり、やめておきます」

「あ、いやいや! ごめん! ちょっと驚いただけだから! よぉぉし! 雑談バッチ来いだぜおぉい! かましたれ黒志摩ちゃん!」

「テンションが見苦しい」

「酷いッ! ……で、何の話がしたいの?」

「……黒斑聖務巡査長は、私と組む前からよくこの辺りのパトロールをしているんですよね」

「ああ、一応ウチの署の管轄区域だからねぇ」

「やっぱり、この辺りは魔物の出現件数が多いのですか?」

「んにゃ、この道はほとんど無いね」


 これから向かう捜査対象のポイントは魔物のホットスポットだが、この道はそうでもない。


「あ、でも四・五年くらい前に、一匹出たな」

「……へぇ、そうなんですか」

「灰色の饅頭みたいな奴でさ。しかも俺が見つけた時には、もう今まさに『可愛らしい女子高生』が魔の手にかかる寸前って状況で。焦ったわあれ。間に合うかどうかギリってタイミングだった訳よ。思わず聖弾パニストを連射しちゃって、後で灰堂さんを通して課長から『仮にもトクセン持ちが無駄弾使うんじゃねぇってナンベン言わすんだゴルァ』と……聞いてる?」

「え、えぇ……聞いてますよ」

「手で顔の横に壁を作る行為は、先輩の話を聞く後輩の行為として適切なの?」

「気にしないでください」

「無理難題を言わないで」


 話の途中で、いきなり手で顔を隠されたら気になる。


「ちなみに、その女子高生はどれくらい可愛かったんですか?」

「はぁ?」


 掘り下げるにしても、何故そんな割とどうでも良い所を?

 ……まぁ、可愛い後輩の質問だ。それに、黒志摩からどうでも良い質問が来る、と言うのは良い変化の兆しかも知れない。黒斑はしっかりと答える。


「余裕でクラスのマドンナレベルはあったと思う。もう大分前の記憶だからちょっとウロ覚えだけど……こう、将来的にはクールビューティ系のバリ美人っつぅか……って、おい」

「気にしないでください」

「いや、隣りに座ってる後輩が両手で顔を覆い隠しながら突然うずくまってムズ痒そうにグネグネし始めたのをスルーとか、難易度高過ぎるよ?」


 一体お前に何が起きてるんだ黒志摩。


「背中かどっか痒いんなら手を貸すけど……」

「体のいい口実を見つけて、意気揚々とセクハラしようとしないでください。見苦しい」

「純粋な心配の念と親切心だが!?」


 心配して損した、と黒斑は呆れ果て、車を再発進させる。


「…………その女子高生は、きっとあなたにとても感謝しているでしょうね」

「ん? あー、まぁ、そうだと嬉しいねぇ」


 誰かから感謝されるのは、良い事だ。

 しかもそれが可愛い女子ともなれば、男である黒斑としては喜び三割増である。


「いつか、恩返しに来るかも知れませんよ」

「お、良いねぇ。JKの恩返しか。期待して待ってるとするよ」

「卑猥な表現はやめてくれませんか? 見苦しい」

「別に卑猥にしたつもり無いんだけど!?」

「…………まぁ、良いです。期待していてください」

「? 今何か言った?」

「いえ。また初老特有の幻聴ですか? 見苦しい」

「前にも言ったけど、せめて中年で止めてくれない!?」

「若さへの執着は末期的に見苦しいですよ」

「って言うかマジでその見苦しいって言い回し止めて! 割とガチに心に刺さるんだけど!? ねぇ!? 聞いてる!? 黒志摩ちゃん!? ねぇってば!?」





◆黒志摩ちゃんはあの時、断腸の思いだった◆

「…………」(無愛想、かぁ。優しい黒斑さんがあんな事を言うなんて、きっと私は相当嫌われてるんだろうな……まぁ、ですよね。無愛想で暴言吐き散らす後輩なんて嫌われて当然…)

「ねぇ、黒志摩ちゃん。今日暇だったら、仕事終わ…」

「……!!」(その流れはまさか「今日暇だったら仕事終わりに一緒に食事とかどうだい」的なアレ……!? く、黒斑さんはこんな私とまだ親しくなろうとしてくれると言うの…!? 仏ッ! 黒い仏ッ! ぜ、是非ッ…あ、ダメだ。今夜は実家で家族が就職祝いをしてくれるって……で、でも黒斑さんと御飯……! 生の黒斑さんを眺めながら食事……! で、でもでも、電話越しにか細い声で「久々にサヤちゃん達と御飯食べれるの楽しみさー」とか言ってたお婆ちゃんをないがしろには……う、うぎ、ぅ……ぐうぅぅぅぅァァァァァ……ッ!)

「りに、飯…」

「非常に残念ながら、予定があるのでお断りします。またいつか誘ってください」(マジでお願いします(血涙))

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