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BLACK・LIKE  作者: 須方三城
第二章 彼は彼なりに若くあろうとしている。
6/16

05,黒斑さんは反省してない。

 夕暮れ時。どこの町にでもありそうな、まさしくありふれた大通り。


 茜色に照らされた歩道を行く学生達はスマホを弄りながら談笑。奥様は現品処分が始まってるだろうスーパーへ急ぐ。道路は帰宅ラッシュの車で混雑していた。

「この先の交差点は交通事故が多発しているので気を付けて」。そう赤文字で注意を呼びかける立て看板の根元に、野良犬が小便を引っ掛ける。人々の忙しさなど、犬には関係無い。


 何気無い夕方の町並み。

 きっと、この国の至る所で同じ様な景色が広がっている。

 いわば、『日常』の風景だろう。


「……ぎ、ぎぎ……」


 そんな日常を街路樹の葉の奥から見下ろす、二つの目玉。


「ぁあぁ、ぁ、『当たり』が、い、ぃいない……」


 赤褐色の長太い身体を街路樹の枝に絡め、人々の往来を目で追う生物。

 その外観を一言で言い現すなら、『大蛇』。しかし、ただの大蛇では無い。体躯の太さは自動車のタイヤ並。長さは成人男性三人分の身長を足しても及ばない程。時折口の隙間から踊り出る長細い舌の先端は八つ又に裂け散らかっている。


「だ、れ、誰、誰でも、良いのにぃ」


 大蛇は左右の目玉をバラバラに動かし、せわしなく舌をチラつかせながら『獲物』を探し続ける。


「………………ぁ、は」


 そして、その両目がついに『獲物』を捉えた。

 それも、二人同時に見つけた。


 雄と牝の人間が一人ずつ。雄の少し後方を牝が付いていく形で歩いている。


「つ、がい、かなぁ?」


 両方とも、示し合わせた様に全身黒ずくめだ。ペアルックと言う奴だろう。

 しかし、歩調が微妙に合っていない。お互いにお互いの歩調を把握しきっていない顕れか。


 付き合い初めて間もなく、とりあえず見た目から入ってみたカップル……と言った所だろうか。

 まぁ、その辺の細かい事情はどうでも良い。


「や、ったぁ。『当たり』だぁ。こ、これで、も、戻、れる」


 喜びに舌を激しくうねらせながら、大蛇が動き始める。

 しゅるりしゅるりと速やかに街路樹を滑り降り、スマホを弄りながら歩く若い女性を『すり抜け』、真っ直ぐに獲物の元へ。


「あは、あ、あははは。へい、し、しょ、そこの、カップルゥ、おぁ、お熱いねぇ」

「……………………」


 大蛇の声に、雄の方が振り返った。


 やった、と、大蛇が喜びの笑みを浮かべ様とした、その直後。


「ぁ、へ?」

「残念、ハズレだ。魔物野郎」


 刺す様な、冷たい言葉。

 それと同時に大蛇の眉間に突き付けられた、冷たい何か。


「還れ」


 それは、金の十字架が刻まれた黒い自動拳銃。その銃口。


「え、な、に、それ…」


 大蛇の問いに応える様に、乾いた銃声が響き渡った。






「と、まぁ、これが基本のやり方。通称『デコイ』。聖務学校アカデミアの教本にも載ってたっしょ?」


 聖弾パニストの薬莢を拾い上げながら、黒斑が説明を始める。


「簡単に言うと、自分を餌にして寄ってきた魔物をズドン。一番手早くて一番楽。加えて『討魔の鉄則』の第二条にも適ってる。ちなみに第二条はちゃんと覚えてる? 黒志摩ちゃん」

「魔物と言葉を交わすべからず。魔物は基本的に狡猾であり、僅かでも隙を与えれば付け入られる。問答無用一撃必殺を心掛けるべし」


 黒志摩は特に考える素振りも無く、パッと回答。


「はい。正解」


 まぁ、討魔の鉄則は聖務学校アカデミアで事ある事に喉が潰れるまで復唱させられる。

 ついこの間に卒業したばかりなら、サラリと答えられて当然の事だろう。


「無防備に接近して来た魔物野郎を超至近距離でブチ抜く。問答する時間なんて絶対に無いし、お世辞にも威力が高いとは言えない『通常式聖弾アベレーター』でも一撃必殺の可能性が断然高まる」


 鉄則を守りつつ、今回の様に『戦闘』に発展させずに一方的な『狩り』で事を終えられる。

 自身を餌にするのは確かに多少のリスクはあるが、それを補って余りある効率性を誇る…それがデコイと言う手法なのだ。


「じゃあ次は……」

「黒斑聖務巡査長。少しよろしいでしょうか」

「ん? 何? 質問?」

「いえ。少々、周囲の視線が気になるもので……」

「あー……」


 黒斑と黒志摩の周囲には、通りすがりだろう学生の一団や犬を連れた中年なんかがやや遠巻きに人だかりを形成していた。

 学生達は「あれ噂のエスケーじゃね」とか言いながら、SNSにアップするつもりなのかスマホのカメラレンズを黒斑達に向けている。


「ま、こればっかりは仕方無いっつぅか、ねぇ」


 聖弾パニストは基本街中で使用する事が多いので、貫通性を下げるため通常の銃弾より火薬は少なめだ。

 しかし、それでも結構な発砲音が鳴る。


 夕暮れの日常風景の中で突然大きな破裂音が響けば、誰だって立ち止まり、振り返る。

 もし魔物が見える人なら、黒斑達の目の前に転がっている魔物の死骸を見て全てを察し「ああ、お疲れ様です」と一礼して去っていくだろう。

 だが、世の中には魔物が見えない人の方が多い。


 こうやって奇異の視線を集めてしまうのは、聖務捜査官の宿命と言える。


「銃声は警報の意味合いも兼ねてるから、消音機構サイレンサーを使う訳にも行かないし」


 人間の犯罪者か魔物かはともかく、銃声が響くと言う事は、その発生源には『危険な存在がいるぞ』と言うアピールになる訳だ。

 要するに「戦闘になるかも知れないから善良なパンピー共は避難しやがれ」と言う警報メッセージなのである。


 ……まぁ、平和なお国柄。危機感より好奇心が勝る人の方が多いため、その辺の意義は薄れているのが現状だが。


「この先も多々あると思うし、早い内に視線と肖像権への頓着は捨てた方が楽だよ」

「お言葉ですが、誰もが見られて性的興奮を覚えると思ったら大間違いかと」

「黒志摩ちゃんッ!? ナチュラルに俺が露出狂な前提で話を進めないで!」

「おや、黒斑聖務巡査長。魔物の『崩壊』が始まりましたよ。さっさと弾を回収しましょう」

「黒斑聖務巡査長は誤解を誤解のまま終わらせたくない!」

「……見苦しい」

「く、黒志摩ちゃん……ッ!?」


 ショックで硬直してしまった黒斑さんの代わりに解説する。

 黒志摩の言う『崩壊』とは、生命活動が停止した魔物の肉体が崩れ落ち、消滅する現象の事を指す。


 魔物は死亡すると、肉体が黒い粒子になって霧散していく。その原理は今の所未解明であり『そう言う性質だから』としか言えない。

 捜査官は魔物が崩壊し散滅した後、跡に残る使用済みの聖弾パニストを回収する必要がある。

 これは聖弾パニストに使われている聖鉄パニタルの一部再利用のためだが、例え再利用不可能でも路上に不燃ゴミを散らかして帰る訳には行かないだろう。


「回収完了」


 大蛇型の魔物の頭部が崩れ、溢れ出た銀色の弾丸。

 黒志摩がそれを摘み上げ、黒斑の方へと差し出す。


「黒斑聖務巡査長、こちらを……って、いつまで見苦しく固まっているんですか」

「え、ぁおう。うん。ありがとう」


 黒志摩が回収してくれた弾丸を受け取り、黒斑はそれをベルトに装着した黒革製ベルトポーチの外ポケットに放り込んだ。

 聖具帯袋(パニテム・ホルダ)と呼ばれる、聖具一式を携帯するためのポーチである。

 聖弾パニスト用の拳銃や予備マガジンを始め、様々な聖具パニテムがこれ一つに半ば無理やりまとめられている。


「じ、じゃあ、気を取り直して……次は、黒志摩ちゃんにやってもらおうかな」

「承知しました」


 黒斑の指示を受け、今度は黒志摩が自身の聖具帯袋(パニテム・ホルダ)に手を伸ばす。

 拳銃を取り出し、安全装置を外して置くつもりなのだろう。


「………………」

「? どうかしましたか?」

「いや、さっき総務でホルダ受け取って中身確認してる時にも思ったけどさ……」


 黒志摩が取り出した黒い自動拳銃。近年、普通の警察官に支給されているモノと同一規格の品。

 ただ、その銃身には聖十字警察隊の所有備品である証に十字架の装飾が刻まれているのだが……


「金の十字……黒志摩ちゃん、『特別選抜討魔員資格トクセン』持ってんだー、って」


 通常、聖具パニテムに刻まれる十字架装飾は銀色だ。

 しかし、黒斑や黒志摩の持つ拳銃に刻まれているそれは『金色』である。


 その金十字は、所有者が『特別な捜査官である』と言う証明。


 特別選抜討魔員。

 群を抜いて優秀な討魔能力を持つ捜査官である、と認められた者達。

 特別選抜討魔員資格は通称トクセンと呼ばれており、トクセンを持つ者には金十字が刻まれた聖具パニテムが支給されるのだ。


「はい。それが何か」

「それが何かって……」


 トクセンは、非常に優秀な捜査官にのみ与えられる『称号』と言って良い。

 それを今日捜査官になったばかりの黒志摩が持っている、と言う事は、『特例措置』を利用して聖務学校アカデミア在学中に取得した事になる。


 特例措置でトクセン取得試験を受けるには、まず三つの条件をクリアする必要がある。

 一つ、一年期の課程を全て問題無く修了している事。

 二つ、一年期修了実技試験の結果が抜群であると認められ、総合評定がA+以上である事。

 三つ、実技担当講師五名以上と学長と面談を行い、全員から推薦書を得る事。


 その上で、本職の捜査官でもほんのひと握りしか合格判定を貰えない高難度の資格取得試験に臨み、それをクリアしてようやく特別選抜討魔員になれる訳だ。


 つまり、黒志摩はそれはもう非常に群をぶっちぎって優秀な捜査官候補生だったと言う事だろう。


「トクセン持ってるのに、何で四等聖務巡査ノンキャリアで入ってきたのかなー……的な」


 普通、在学中にトクセンを取得する様な優秀な人材はキャリア組になり、聖務警部補として採用され指揮・管理側の人間になる。

 しかし、黒志摩は四等聖務巡査として採用され、黒斑と共に外回り中。


 まぁ、疑問に思って当然の話だが……


「……あなたがそれを言うんですか?」


 キャリア組は聖務警部補からの採用。なので、大問題を起こして降級でも喰らわない限り、それ以下の階級になる事はほとんど有り得ない。

 しかし、黒斑は聖務巡査長。聖務警部補より二つ下の階級だ。


 とてもじゃないが、黒斑が二階級も降級喰らう様なファンキーな捜査官だとは思えない。


 だとすれば、当然、黒斑も黒志摩と同じ。トクセン持ちのノンキャリア組と言うレアケースになる。


「俺は別に……ただ、一匹でも多く魔物を駆除するために聖務学校アカデミアの殺人課程を乗り越えてトクセンまで取ったのに、指揮・管理職で現場に出ないんじゃ本末転倒だなーって思っただけで……」

「私も同様です。高給取りになりたくて特別選抜討魔員資格を取得した訳ではありません。……と言うか、ただ高給取りになりたいのなら、もっと別の道を探してます」

「あー、それは確かに」


 聖務学校アカデミアでの授業は、ただでさえガチの方の血反吐がこみ上げてきて止まらない。

 それをこなしつつ、更に上の次元を目指さないと、トクセンは取得できない訳だ。


 意外と認知度が低い事実だが、人は無茶をし過ぎると本当に死にそうになる。

 ただちょっと良い給料が貰いたいだけなら、もっと別の場所で努力した方が安全だろう。


「……うん。そっかそっか。良いと思うよ」


 少し、黒志摩に親近感が湧いた。

 黒志摩の方もきっと……ダメだ。黒斑が察するに、多分あの目は「なんですかその『親近感湧いたよ』みたいな微笑は。見苦しい」とか思ってる目だ。


「ま、まぁ、たまに後悔する事もあるかもだけど……同じ理由で同じ道を選んだ者同士、お互い頑張ってこう。って事で」


 彼女の目に宿っている感想が言葉の暴力として襲いかかってくる前に、黒斑はこの話題を終わらせようとした。


「……は?」


 ……が、何気なく放ったその言葉に、黒志摩が大きな反応を見せた。


「ちょっと待ってください。黒斑聖務巡査長は、ノンキャリアを選んだ事を後悔されているんですか……?」

「ん? あー、まぁ、そりゃ多少はね。もっと楽できたんだろうなー、勿体無い事したかもなー…って、たまーに」

「………………」


 何故だろう。急に、黒志摩の眉間にシワが寄った。

 何かを訝しんでいると言うか、不満そうと言うか……


「あ、もしかしてちょっと勘違いしてる?」

「……勘違い……?」

「別に俺は、俺や君の選択が間違ってるって否定してる訳じゃないよ」


 もしかして黒志摩は、「この選択を後悔している」と言う発言を「俺と君の選択は間違っている」と否定するモノだと思い、顔を顰めたのでは無いか。

 黒斑はそう判断し、速やかに誤解を解くべく補足する。


「確かに、面倒な道を選んだと後悔はしてるよ。だけど、『間違った道を選んだ』とは欠片も思ってない」

「!」

「もし来世で同じ選択をする時が来たら、俺はまた同じ道を選ぶ。断言しても良いよ」


 例え自分を苦しめる選択だったとしても、間違えたつもりは無い。そう黒斑は胸を張れる。

 指揮・管理に回るより、現場で戦う方が自分には適している。そう判断し、実際に戦ってみて実感し、実績も出しているからだ。


 確かに後悔はしている。だが、反省はしていない。

 だから、繰り返そうと思う。


「だからさ、黒志摩ちゃんも後悔しちゃう事はあるだろうけど……反省だけはしないために一緒に頑張ろうか。って話」

「…………………………」

「……えーあー……黒志摩ちゃん?」

「後悔しても、反省だけはしない様に、ですか……」

「!」


 黒志摩が続けて何か言おうとしている。

 きっと何かとんでもない罵倒が来るに違いない、と黒斑が少し身構える。


「悪くない発想ですね。今後の参考にさせていただきます」


 そう言って、黒志摩は微笑を浮かべただけだった。


「……はへ?」


 余りの肩透かしに、黒斑は思わず変な声が出てしまう。


「……なんですか、今の見苦しい反応は」

「一体俺は今日一日で何回見苦しいって言われるの!? いや、確かに今の声は我ながらキモかったけど! でも仕方無いじゃん! 人間はびっくりすると変な声が出るモノで…」

「矢継ぎ早に言い訳開始とは、キモ見苦しい」

「黒志摩ちゃん……ッ!?」


 この後輩、多少芽生えた親近感を全力で摘みに来ているのは気のせいだろうか。





◆黒志摩ちゃんは支配欲が強め◆

「……ノンキャリアを選んだ事への後悔、ですか」

「まぁ、キャリア組ならもっと楽できたのかなー、とか、もっと給料貰えたろうなー……とか。でも俺、指揮・管理職とか気性に合わないし。これで良いと思ってるよ」

「指揮・管理職……」(もし、私がキャリア組として聖務警部補になってたら、黒斑さんを指揮・管理する側だったのか……その発想は無かったです)

「ん? どうしたの?」

「キャリア組として採用されていれば、黒斑聖務巡査長を顎で使えたのか、と思うと、多少残念だと」(「私の指揮いうことが聞けないの?」とか「私が色々と管理してあげるわ」とか倒錯的プレイ的なやり取りが公然の場で堂々と行えるチャンスを逃した、と考えると、非常に残念に思います)

「黒志摩ちゃんッ!?」



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