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BLACK・LIKE  作者: 須方三城
第一章 彼女をツンデレと呼ぶには、少々ツンが強過ぎる。
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04,黒志摩ちゃんは本音を語れない。

 他人からすれば、ただ無表情。

 でも、私からすれば、これでもかなり表情が豊かになった方だ。


 節電精神のため薄暗いトイレの手洗い場。鏡に映り込んだ自分の顔を見て、ふとそんな事を考える。


 思えば、あの日のたった数分の出来事が、随分と私を変えてくれた物だ。


 私にだって、魔物を見る事くらい出来る。つまり、魔物と戦う事が出来る。

 あの人が私を救ってくれた様に、誰かを救える。役に立てる。


 あの日の出来事をキッカケにそう思い立ち、私は聖務捜査官を目指した。


 目標を立て一つの事に打ち込むと言う感覚は、余計な思考を削ぎ落としてくれた。


「……随分と、くだらない事でウジウジしていた時期もありましたね」


 五年前までの私は、何故あんなにも思いつめていたのだろう。


 自分は口を開けば誰かを傷付けてばかり。自分は何の役に立たない。社会不適合者。死んだ方がマシ。

 病院に足を運んではそんな自堕落な主張をカウンセラーに吐き付けて、薬で脳と心を誤魔化して。


 蓋を開けてみれば、何て事は無い。


 余計な方向に思考を持っていかず、ただシンプルかつ冷静に考えて言葉を選べば、不本意に相手を罵倒しなくて済む。

 そして、私にだって出来る事はある。役に立てる。居場所はある。社会は思っていた程、狭くは無かった。


 単純明快。冷静に考えれば、落ち着いて周りを見渡せば、簡単に気付ける事。

 むしろ何故今までそれに気付けなかったのか。そんな話だった。


「………………」


 きっと、何も目標が無かったから、心に余裕が無かったんだと思う。

 一筋の光明も見えない暗闇の中で、いつも独りで怯えていた。光明を探すために暗闇をかき分けていく勇気も無かった。ただ震えてうずくまっていた。

 微かに聞こえる周囲の声が私を嗤う様に聞こえて、身を守ろうと、どんどんどんどん背を丸めてばかりいた。


 そんな精神状態だったから、少し触れられただけで、思わず攻撃的に反応してしまっていたんだろう。


 でも、変化は訪れた。


 私でも出来る。魔物が見えるくらいしか取り柄の無かった私にも、こなせる役割がある。

 目標と言う光明が見えて、初めて私は立ち上がる事が出来たんだと思う。


 ……全く、不毛な青春をしていた物だと自嘲してしまう。


 そんな不毛な時代を終わらせてくれた『あの人』には、いつか必ず、面と向かって心の底からお礼を言いたい。





「お。やぁ黒志摩ちゃん。済んだ?」


 トイレから出て来た私を、黒ずくめの男性…黒斑さんが微笑で出迎えてくれた。


 ああ、わざわざ待っていてくれたのか。

 いや、それもそうだ。これから討魔業務に行こう、と言う所で、私がトイレ小休憩を申請したのだから。

 偉大な先輩を待たせてしまうなんて、本当に申し訳無い。


「黒斑聖務巡査長。お待たせしてしまい、申し訳ありません」

「いや、イイよ別に。生理現象なんだから」

「こんなクソ生意気で可愛気も無い後輩如きが、本当に申し訳ありません。一人前にトイレなんて行ってんじゃねぇよ、って感じですよね。心中お察ししてます」

「黒志摩ちゃんッ!? 別にそんな風には思ってないよ!? 君の中での俺のイメージどうなってんの!?」


 …………やってしまった。


 何と言うか……うん。

 黒斑さんと面と向かって言葉を交わすのは、ヤバい。緊張する。もうどうしようも無い。気分的には自分の熱で喉が焼け落ちかけている。

 その熱に浮かされ、シンプル思考での応答に支障をきたす。頻繁に昔の自分が顔を出してしまう。

 脊髄反射で攻撃的に、思ってもいない事を口走る。


 不幸中の幸いは、そのドギマギが表層に出る一歩手前で潜んでくれている事か。こう言う時は文字通りの鉄面皮ぷりが有り難い。

 テンパっている様には見えないだろうから、変な子だとは思われていないはずだ。

 ……とても酷い子だとは思われているかも知れないが。


「それと、これは提案ですが…少しご自身のビジュアルを弁えた方がよろしいかと。女子トイレの前に佇んで『待っていたよ』と言わんばかりに微笑する中年と言う構図はかなり不気味でした」

「不気ッ……!?」


 頼む、黙ってくれ私。

 これ以上、変な事を言うつもりなら、こちらには舌を噛み切る用意がある。


「………………………………」


 よし。ひとまずはよし。


「あ、ああ、その、うん。とりあえずその…行こうか」

「……はい」


 うぅ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ……


 そんな見るからにしょんばりしないで黒斑さん。今のは全く、全く本心じゃないんです。


 むしろ先程の微笑でのお出迎えは()キュン()素敵()ポイントめちゃくちゃ高かったと言いますか。

 それ故に色々と衝動を抑えきれなくて言及せざるを得ず、妙な事を口走ってしまったと言いますか……あ、でも私以外に無防備にそう言う素振りをされるとアレな感じもあるので、控えてくれると有り難いなんて独占欲的な感情もあったりなかったりしますけど、とにかく違うんです。


「……いつか、必ず……」

「ん? 黒志摩ちゃん、今何か言った?」

「いえ。……そう言えば、初老を過ぎ始めると幻聴を聞く事が増えるとか」

「せめて中年で留めてお願いッ!」


 いつか、私の心がもう少しだけ成長出来た時。

 あなたの顔を見ても、冷静に考え、ちゃんと素直な言葉を選べる日が来たら。

 必ず、私の人生を変えてくれた事へのお礼を……そして、数々の無礼な発言への誠心誠意謝罪をさせていただきたい。


 ……正味、今伝えようとすると、切腹物の失言をしてしまいそうなので恐いです。


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