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ランチタイムミーティング(その1)

第二章。

 





 保健室の世話になったのは一時限目分だけで、私は昼まで寝て過ごす気満々だったのだが保健室教員の目を誤摩化すことにあっけなく失敗した。なんでバレたんだろう。仮病は得意な方だと思っていたのだが。とにかく私はすごすごと保健室から追い出され仕方なくダラダラと教室で授業を受けた(寝てたとも言う)。

 教室に入ったときにこちらを伺う視線と何やら内緒話がされいていた様な気がしたがそれらは全てスルー。大体内容は想像できるし、興味もさほどない。


 四限の終了を告げるチャイムが鳴るや否や、レジ袋を片手に生徒会室へ向かった。



 職員室の近くにあるその部屋は外見からは普通の他の教室と大差がない。

 ドアをノック。入室を進める言葉が中から聞こえてきた。ドアを開けると中にはまたしても神前りえがいて(今日はよく会う)もう一人、奥の机のところで頬杖をついている先輩生徒と思わしき人物(こいつが生徒会長か)がいた。

 眼鏡をかけ、黒く長い髪を三つ編み……ではなく、後ろで一つに束ねられている。ポニーテールというやつだが、本人の雰囲気的にはサムライっぽい。

 厳しい人なのだろう。勝手に想像して決めつけた。

「……君はそんなものを持ったままここまできたのか」

 私が入室して、彼女が真っ先に口にしたのがそれだった。一瞬何のことを言われているのか分からなかったが、どうやら提げているこのビニル製の袋の存在に苦言を呈しているらしい。

「これのことっすか」

 ガサリとおにぎりとどっかしらの霊峰産の天然水が入った袋を掲げる。

「そう、それだ。もうちょっとマシな入れ物はなかったのか?」

「真紀〜。別にいいじゃないかそんなこと」

「しかしだな、あれは少々恥ずかしくないか」

 悪かったなコラ。

「身だしなみには気をつけるべきだとだな……」

「でも急に呼び出したのは真紀の方だし」

 うぐっっと喉にものが詰まったかのような振る舞いと表情を女侍はみせた。真紀さんとやらは印象通り厳しめな人間なようだ。しかも身だしなみ方面とは、私が苦手なタイプだった。

「真紀先輩が生徒会長ですか?」

「いかにも。私、睡蓮寺真紀すいれんじまきが当代の生徒会長である。……もしかして知らなかったのではないだろうな。入学式で挨拶したぞ」

 そんなものは一ビットも憶えてないね。

「私の方は憶えているぞ。お前は一年六組の列にいたな。挨拶では数名頭をかしげて居眠りしていたがお前はちゃんと顔を上げていたじゃないか」

 私ははっきりと引いた。なんだこの人。

「真紀ちゃん、そういうことはちゃんと知ってる人じゃないとドン引きだよ?」

「妙なことを言う。だって羽根村は……」

「まあその話題はおいおいに話して行こうよ。真紀、今日は何でユッキーをここに呼んだんだっけ?」

 早速「先輩」は本題に入ってくれるらしい。助かる。

「それもそうか」

 会長さんも納得してくれたようで、私にソファーへの着席を促し私も従う。

 神前「先輩」はなんでここにいるんだろう。ちなみに私は高橋の忠告を保健室で一眠りしたせいですっかり忘れていた。

「神前先輩、なんか疲れてませんか?」

 表情は勝ち気な自信に相変わらず満ちていたが、朝二回会ったときと比べるとほんの少し自信にかげりがあるようなないような。

「先輩」は私の指摘が随分意表をつくものだったらしく、

「ええっ? そそそんなことないよ?」

 と百パー慌てている人間のリアクションをしが、あんまり興味があったわけでもないのでそれ以上追求しなかった。本当に何となくで質問したのだ。

 この先のことを考えると厳しく追及するべきだったのだが。そんなことこの時点では発想すらしなかった。

 歴史を振り返ってあれこれいうのは簡単だがな。実際に流動する時間の中で常にベストの手が打てるはずもなかった。しかも気がつかなかったとくれば、これはもう私のせいではないね。



「羽根村君。君は幽霊とかオカルト話の類いを信じるかね」

 刺が生えた多肉植物の鉢を眺めていた私をその台詞は現実に引き戻した。

「いいえ、全く」

「そうか。私も気持ちの上では同意する」

 会長は一枚のプリントを取り出し私に渡した。

「なんですかこれは」

 同然の疑問を投げかける。

「とりあえず読んでみてくれ。率直な感想が聞きたい」

 会長の弁に首を傾げる。

 ペラ紙曰く当校には生徒たちの意見を聞く目安箱が存在し、そこに寄せられた意見を生徒会では定期的に整理してデータ化しているらしい。その今月の分析の結果が以前と比較できるようなレイアウトで書かれていた。

「どー思う?」

「……そうですね」

 この時の表情はといえば苦虫を七匹ぐらいいっぺんに噛み潰したときと同じくらいしかめていたんじゃないだろうか。ここに書かれている事が本当に起こっている事だとは思えなかった。

 どうやらこのプリントを見る分には、投書の数が今月に入り急増し内容もどれも似通ったものだ、ということらしい。

 その内容が問題だった。幽霊を見たという意見が十七件。お化けに会ったというのが二十一件。とても人間とは思いがたい生命体の発見例が十三件。他にも魔女を見たとか三丁目の田中さんの家が二メートルくらい浮いていたとかよく分からないがイヤに具体的な体験例が他にもつらつらと羅列していた。

 なんじゃこりゃあ。

 これを見せられて困惑以外にどうしろと。

「何ですか? 最近はこういうのが流行ってるんですか?」

「まあ流行と言えば流行だな」

「ねえユッキー、あなただって女子高生なんだよ? この中では最年少だよ? ちょっとは周りの流行を気にしようよ」

 そんなものには興味がない。以上私より。

「羽根村君。これはもしもの話だ。もし、仮に、この話が全部本当。投書を書いた人間が本気でそう思って書いたものだったとしたら、君はこの事態をどう見る?」

「本気でですか……」

 いよいよ答えに窮してきた。そんなことあるはずないだろうに。もしやこの上級生は私を困らせることで愉悦に浸ろうっていうんじゃないだろうな。

 疑念を腹に抱えながらも一応は真面目に考えた。

 そうだな。本気でその投書をしたということはその体験が実態をもって実感し確信しているということだろう。しかしその意見のどれもが現実には起こらないことばかりだ。実際には起こらないことが実際に起こったという報告がある。そんなものはおかしい。私が考えるまでもない。書いた本人が正気でなかったというのが一番簡単な話だが、そうでないというのなら、こういうのはどうだろう。学校だか私生活だかに問題を抱えている生徒が結構いてその精神疲労度は相当のものであり風で煽られたレジ袋とか干された合羽でも見てそれをこの世ならざるものと誤認したんだろう。当校の生徒がこれだけ異変を訴えていると言うことはこれは学校の問題じゃないだろうか。立地か建設か学校運営かに大変な問題がありそれが生徒に著しくストレスを与えているのだ。

「くどい」

「ながい」

 私の長い話を聞いた先輩二人の意見がこれだった。前者が会長、後者が「先輩」。

 そんなことを言われてもですね。命題にそもそも問題があると私は主張したい。






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