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朝(その4)

 閉じ込められている原理が1ミクロンも分からないのでとりあえず真っすぐ歩き続けてみた。

 現在いるB棟には理科室や家庭科室があったはずだがその教室があったはずのサイドの壁にはドアが一つとして無く曇りガラス(?)が連続しているだけだった。実行していないが、壊そうとしても割れないのではないだろうか。そんな気がした。いや、そもそも壊そうという気が起こらなかった。

 カツ、カツ、カツ、カツ。

 上靴が床を叩く音が妙に響く。

 最初はその音しかしていないと思っていた。

 だが、ふと耳をすますと「ひゅーん」や「みゅーん」といった低い音がどこからか鳴っていることに気がついた。

 化けて出てきそうな雰囲気だ。何かが。んなアホな。



 当たり前の話だが歩き続けると人間は疲れるもので、終わりの見えない廊下でのウォーキングは精神的にも負担があった。というか、飽きた。

 馬鹿らしくなってきたので歩くのを止めた。

 無計画だな、私。当然だが。

 誰かの掌の上で踊らされている感覚だった。実際そうなのかもしれない。一体誰の筋書きなのか。

 置かれている状況が自分ではどうにもできない事態だということは理解してはいたものの、どうしても状況を打開する能力が自分にはないということが私を無力感に誘う。

 こんな状況。閉塞状況。

 何故だろう。急にこの状況に憶えがある気がした。

 そんな訳がない。こんな特殊な状況、一度体験したら二度と忘れないだろう。記憶が消えた? そういうものだろうか?

 廊下。長い廊下。前も後ろも終わりがなく、全体が薄暗い。

 そんな空間に、私一人。


「…………!」


 突然、脳裏に過去がフラッシュバックする。

 忘れていた、思い出したくなかった光景。

 前も後ろも終わりがなく、全体が薄暗かった……。

「うげぇっ……」

 思わず膝から崩れ落ちた。胸の辺りが苦しい。嗚咽。頭痛も襲ってきた。

 あのときみたいに。

 目蓋に涙が溜まってきた。悲しくなど全くない。

 苦しい、全身が。苦しい、心が。

 両腕が自分を抱きしめている。その腕が自分のものではない気がしてきた。手も、足も、頭も、体も。

 自分がここにはいないような感覚。

 そろそろ限界だった。



 ※



「…………、…………、…………」

 なんだろう、これは。

「…………!」

 なにか……呼んでる?



「ゆーき!」

 その声でハッとした。

「ゆーき! 大丈夫!?」

 楓に背中をゆすられているらしい。私はどうなっているんだ。頭がクラクラする。全身汗でびっしょりで、息が荒い。

 床に手をつく。冷たい。

 少し落ち着いた。どうやら私は踞ってるらしい。

「ゆーき大丈夫? 凄く苦しそうだったよ?」

 心配をしてくれる楓。私は……まだぼんやりする。

「楓、わたし、どうしてた……?」

「どうしてたって、ゆーき戻ってこないから探しにいったらここで苦しそうに踞ってたんだよ。ねえ本当に平気? なにがあったの?」

「……平気、だよ。少し、夢を見ていただけだから……」

 途切れ途切れにそう言った。我ながら全然平気そうじゃない。

 そうだ、あれは夢だったのだ。質の悪すぎる、悪夢と言う奴に違いない。

「保健室に行く? それとも今日は早退しちゃう?」

 魅力的な提案だね。

 長く長く、息を吐く。だいぶ脳が明瞭になってきた。

「そうだな。少し保健室に行っておこうかな。先生に連絡頼めるかな」

「うん、それがいいよ。じゃあ行こう?」

「いや一人で行けるよ……」

「それじゃあ意味ないよ」

 そうなのか? じゃあ、それでもいいや。

 今は何も考えたくはない。全身の疲労が辛かった。

 本当はあんな最悪なことを思い出してしまったから帰りたかったんだけど、昼に用事があるからな。

 生徒会長だっけ? どんな奴か知らないが、私に何の用があるのか。

 本人に聞いてみない事には分からない事、なんだろうな。

 とりあえず今は保健室のベッドを目指して楓に肩を借りつつ歩く事にした。















第一章、了

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