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朝(その2)

羽根村優希は女の子でした。

 空を切ったのは狙った獲物を横取りされたからに相違なく私の水は第三者の手によって搔っ攫われてしまった。

 それが最後の一本だったようで陳列棚には空きスペースが出来ていた。憮然。憤りの念を視線に込めて私のを横取りした犯人を睨む。

「彼女」の背は私よりも頭二つ分くらい低く中学生に見えてしまうが確か先輩だったはずである。「彼女」は私の睨みを受けて勝ち気そうなその顔を満足そうな笑顔に変位させた。負けを認めたと解釈されたらしい。

 いまいましい。

 諦めて「彼女」から視線を外し別の、お茶を取ろうと棚を見ると横合いからのびてくる腕で視界が塞がれた。

 私の勘違いでなければ今奪ったペットボトルを「彼女」は私に差し出している。

 片手を腰に当てて、胸を反らし張っている(平坦であることを指摘すると逆上するのだろう)。起こっていることが理解出来ずただ黙ってその無色の物体を見つめていると、

「なぁに、遠慮することはないんだよ。これが欲しかったんだろう?」

 全くその通りだが、あんたが横取りしたんだろうが。

「なんなんすか……」

 と言いつつも差し出されたブツを受け取り籠に放った。

「それと私は神前かんざきりえだ。君のことだ、私の名までは知らんだろう」

 突然の自己紹介。なんだなんだ。

「ああ、あとこれね、」

 あっけにとられている私に構わず「彼女」神前は私に指差した、と次の瞬間『パチン!』と指を鳴らして、不敵な笑顔でこう言った。

「伏線だから」

「………………」

 何を、言っているんだろう……。

「そう不思議そうな顔をするなゆーき。じきに分かる。だから今は気にするな」

 これは不思議そうな顔ではなく不審なものを見た顔だ。

 という釈明をする隙も無く先輩は店の外にさっさと出て行ってしまった。

 なんなんだよもう。



 そういえば神前先輩とやらは会計を済ましていなかった。本当に伏線とやらを敷く為だけに来たのか。

 もしくは万引きか。そりゃないだろうけど。

 先輩は私を「ゆーき」と呼んだ。そんな呼び方をするのは楓だけだ。入店前のやり取りを耳にしてたんだろう。

 呼び名の謎は簡単に分かったが私が話しかけられた理由はちっとも分からない。

 私には秘められた力があり、先輩はその力にこそ関心があるのだ……なんて安い展開だけはやめて欲しいね。



 とかなんとか考えている間に教室に到着した。話し声でざわざわうるさい。

 自分の席にさっさと座ると私は机に突っ伏した。だるい。もうこのまま寝てしまおうかな。

「早いよ。まだ着たばっかだよ」

 クスクスと楓が笑った。こいつはいつも私の周りにいる。私自身、あまりクラスの中心から離れている節があるのでそんな奴にくっついていると楓自身だってそのうち除け者にされるんじゃないか。そう思わないでもないが私が気にすることでもないので何も言わない。本人の勝手でここにいるんだし。

 楓の顔をまじまじと見る。おっとりとした性格。せっかちな私とはちょうど逆だな。といってもこの娘の緩慢さは私が適当であることもあって許容範囲内だ。

「なあに? 顔になにかついてる?」

 緩んだ楓の表情に私は田舎の祖母を思い出した。町内の集会(平均年齢高め)に紛れても誰も違和感を感じないことだろう。

「なんでもないよ」

「変なの」

 こんなやりとりでもケラケラと笑う楓。笑いどころがどこだったのか私には全く分からない。

「なんで笑ってるんだ」

「別にぃ?」

 おう、なんかイラッとしたぞ。

 嫌味の一つくらい言ってやろうかと思ったが、もともと静かでなかった教室が更に騒がしくなったのが気になってやめた。

 なにがあったのかと訝しんでいた私たち。

 果たして、喧噪の原因が私の前に姿を現した。

「やあ、どうも」

 爽やかな笑顔をした男子生徒が私に話しかけてきた。

 背が高くスラッとした体型で伸びた背筋が誠実さを訴えているようないないような。

 誰だろうこいつ。

「だれだったっけ?」

 素直に素性を聞いたら周囲のざわめきが増した。何だよ。

「初めまして。隣のクラスの高橋です。高橋影助たかはしえいすけ

 ニッコリと笑う彼。カッコいい顔をしていた。

「……はあ」

 曖昧な返事をしてしまった。なんでこいつは私に話しかけるんだ?

 高橋は当たり障りのないようなことをひとつふたつ言ってその度に私は気の抜けた返事をしていた。

「そういえば今日神前先輩と話されたようですね」

 最後にこんなことを言ってきた。それがどうかしたか。

 高橋は周囲の聞く耳を気にしてなのか私の耳元に口を近づけた。周りから殺気が立ったような気がした。

「気をつけてください。あのひとはあまり良い話を聞きませんから」

 真面目腐った顔だった。

「それを言う為に私に話しかけたのか?」

「ええ、用事の七割程は」

 三割はなんだよ。

「それはもう、あなたと話す為ですよ」

『キャー!』という声が上がった。いや、『ギャー!』かな。悲鳴というか断末魔というか。

 その事実からずっと目を逸らしていた私でもそろそろ限界だった。

 ようはこういうことだろう? こいつは学校の一年か上級生の女子の人気株であって、その優良物件が一人の女子生徒に話しかけ剰えそいつはクラスのカーストの下位どころかランクが着いているのかもよくわからない唐変木だったわけだ。そのことが気に入らないということなんだろそうだろう。

「それは捻くれ過ぎじゃない?」

 高橋とやらが帰っていったあと私の愚痴を一通り聞いた楓。クスクスと笑っていた。

「みんながみんなそう思ってるわけじゃないよきっと。そりゃあ、ちょっとはいるだろうけど……」

「私は他にどう思われたんだ?」

「そりゃあ学校で人気の男の子が女の子に話しかけたんだし? それからどんな展開になるんだろうって気になったんじゃないかなぁ」

「勘弁してくれよ……」

 私にはそんな気など全くないというのに。

「ん? そんな気ってどんな気かな?」

 友人の目は三角形をしていて口の端は上方向に引きつっていた。

 軽く引っぱたくぞ貴様。










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