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雲行き(その5)

 




 そのとき、ふと閃くものがあり、慌てるように自分の制服のポケットというポケットを弄って探す。

「どうされました?」

 疑問を投げかける高橋は若干引いてる様子だが気にしない。

 探し物はスカートの右ポケットにあった。

 それは扱いが雑だったせいで早くもよれはじめている折り畳まれたプリント用紙。学校周辺の地図と丸印が書かれた紙。

(……まさか、本当に迷子になってるのか?)

 あまり蓋然性がないような話だが、この紙を握り先導する羽目になったのはあの二人が地図が読めないからである。方向音痴も併発しているのかもしれない。いや、同じものなのか? 私にはよくわからない。

「どうされましたか?」

「いや、別に……」

 そんなことをする必要も無いのに誤摩化してしまった。何やってんだ。

「何でも無いのなら良いのですが。それよりもこれからどうするのですか?」

「どうするって? なんのこった」

「調査のことですよ。ここで起こったことを羽根村さんは知らされているのですか?」

 知らされたような気もするが記憶には残ってないな。

「でしたら、調べようも無いじゃないですか」

 そりゃそうか。

 てことは、私は二人が来るまでここで待ちぼうけってことか。

「全く、何やってんだよ……」

 携帯電話を取り出し、楓にコール。こういう時は便利な時代にいるものだとかけた時は思ったが、畜生、出ないな。意味ないじゃん。留守番に呪詛の言葉を並べてから切った。

 そういえば、楓はかかってきた電話への反応が遅い。かけてから十分経って折り返しが来るなんてザラだった。メールの返信も火星と通信しているのかと疑うくらいの時差を感じる程度に時間がかかる。

 深鈴先輩のアドレスを知っていれば良かったんだけどなあ。

「芳しくないようですね」

 高橋が執事喫茶の店員よろしく接客スマイルを私に覗かせた。身構える私。

「どうでしょうか。僕はここで起こったことは寡聞にして聞いたことがありませんが、何ヶ所か、噂程度ですが不思議現象がおこった所に心当たりがありますよ。そちらへ案内しましょうか?」

 断るね。お前の連れて行く先になど興味ないし。

「でしたら、お二人を探しにいきませんか? いつまでもここで待っていても埒が明かないことですし」

 迷子を待つのに動き回るのは悪手な気がするけど。

「さあいきましょう。二人はきっとこの近くまでは来ているはずですよ」

 私はまだ行くとは言ってないぞ。

 高橋は階段の方へと一人で向かってしまった。無視してもよかったのだが、人好しの部分でも出たのか、そのことに後ろめたさを感じてしまい、私も後を追ってしまった。



 無視すりゃよかった。


 ○ ○ ○


 高台から移動をするとき、大抵は坂なり階段なりで下に降りるもので、そのときの私も例に漏れず階段を降りていた。前には高橋の背中。

「羽根村さんは幽霊などは信じてますか?」

 全く。

「そうですか。実は僕もそうなんですよ。あれは死んだ人の魂がどうって話ですよね」

 概ねそうなんじゃないか?

 詳しくはないけど。

「人間、死んだら何も残りませんよ。死後の世界だなんて死んでみないと観測出来ないじゃないですか。そんなものは無いわけです」

 まあ同意してもいいがな。しかしなんでそんな話をするのか。

「生き物はみなゼロに帰って行く運命なんです。始まりがあれば必ず終わりもある……。ありふれた話ですが、真理でもあります」

 私は真面目に話を聞いていなかった。興味がなかったというのもある。頭がぼーっとしていた。

 階段を降り続けている。あれ、おかしいな。この階段、せいぜい三十段くらいしか無かったと思うのに、どうしてまだ階段が続いてるんだろう。

「だけど僕は思うんです。このゼロって全く数値が無いって意味じゃなくて基準としての意味何じゃないかって。最小ではあるけど無ではないのではと。例えば原子の周りをまわる電子はまわっている状態がエネルギーの最小なんですよ。無ではないけど、それ以下はない。こういう状態のことをゼロと呼んでるんじゃないかって疑っているんです。僕はね」

 あれから数十段下ってもまだまだ階段が続いている。いつまでも下りっぱなしだ。いよいよおかしくないか。

《おかしい? そんなはずはないよ。もともとこうだったじゃないか》

 そうだったか? わたしはもっと手軽な階段だと思っていたよ。こんな山奥に立ってる神社にあるような立派なものだった記憶は無い。登った時はもっと楽だった。

《じゃあきっと記憶違いね。それにほら、違う階段をつかってるかもしれないじゃない?》

 そんなことは無かったと思うけど……。

 だが思い出そうとするとよく思い出せない。記憶に霞がかかっていて鮮明でない。

 こんなことならもっと真面目に見とくんだったな……。

「死んでいくものはゼロに帰って行く。その帰り始めの瞬間、周囲には大きい波紋がたつ。対象の魂の量に比例してね。老衰ならあまり波は立たないけれど、事故など突発的な死なら大変ですよ。魂が削れてないから、一気にそれが外に溢れ出してしまう。波は大きくなり波紋は遠くまで及んでいく……。その乱れに胃痛を感じるのが会長達なんですよね。僕たちはむしろ歓迎ですが」

 まだ階段が終わらない。

「といっても一般人程度ではあまり大きな波紋になってくれませんのでね。大きな意味にはなりません。しかし一般人でなければどうなってしまうんでしょう?」

 さあ、どうなんだろうな。

「規範というしがらみをいい意味で穿つ一撃となってくれるでしょう。羽根村さん、このことはよく憶えていてくださいね。あなたは僕たちにとって希望の光なのですから……」


 ○ ○ ○


 車のクラクションが耳朶を打った。ついビクっと震えてしまってから、自分が階段を降りきったのだと気がついた。

 はて、この胸に居座る気持ち悪さはなんだろう。さっきまで延々と階段を降りてた気がするのだが……。

 振り返る。階段は三十段かそこらといったところだ。

「どうされました?」

 何でも無いように高橋は聞く。

 何でも無いと私は言った。

 実際先ほど体験したような気がする階段連続体験を、私はもう夢のような曖昧な記憶に感じていた。本当に実体験だったのか……。はたまた。

「……どうやら僕がこれ以上することは無くなったようです」

 なんのことかと思えば高橋が指差した先には見覚えがある二人の女生徒のシルエットが確認出来た。遠近法が正しく作用しているため(現実世界で使う言葉じゃないとか言わないで欲しい)消しゴム程の大きさの楓がテンションが上がり過ぎてとても手に負えない子犬のごとくぴょこぴょこ飛び跳ねて存在をアピールしていた。





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