朝(その1)
目覚まし時計が鳴っていることに意識の隅で捉えてはいたが、重い目蓋を上げるのが億劫で、アラームも止めずにそのまま横になっていた。
「おいコラ」
部屋の扉がノックもなしに乱暴に開け放たれて、その乱暴者は勢いそのままに私の掛け布団を引きはがしにかかる。おい。ちょっと。やめて。
「うるさい。ここは私の家だ。わたしがルールなんだよ」
という叔母のジャイアニズムの前に私の抵抗は長くは続かず、渋々布団から這い出て、朝の支度を済ませて食卓についた。
テーブルにはまだ切られてない果物が籠にまとめて置かれていた。バナナやらリンゴやらオレンジやらがごちゃごちゃ入っていて、私はぶどうの房から一つ粒を毟った。
「炭水化物は無いの?」
「シリアルでも出せばどうだ」
「パンは?」
「さっき私が食べたのが最後だ」
畜生……。
恨めしい感情を目に込めて叔母を睨んだが相手はまるで堪えた様子は見せず、私などどこ吹く風でさっさと席を立つと、「じゃあ、戸締まりを」とだけ言って家を出て行った。
ああ、やっと行った。
一人だけになった部屋で、んん、と背伸びをする。ああ肩が凝る。言葉の端々に現れるトゲは聞く人の精神を確実に削り、物理的な行動でも私の体力がガリガリ削られていく。
(それでも……)
ああ、それでも。
家で家族といるより、数倍もマシなんだよな。
しばしメランコリックな気分に浸って酔っていたが、諦めまじりに溜息をひとつついてから、席をたった。
朝の時間は限られている。
タイムオーバーとなる前に棚のシリアルを漁っておきたかった。
通っている高校の最寄り駅の改札にICカードをバシっと叩きつけて、バス停に並んでいる人の横を通り過ぎつつぼんやりしつつ、まだ目が覚めきってない。道をほとんど見ていなかったがそれでも人にぶつかることはなく、道を間違えるということもなかった。何にも考えていなかった気がするが、案外私の脳みそも捨てたものではない。本当に捨てたら即、死だが。
あまり整えてない肩までで切られた長さの髪。
女子として平均的な身長。
顔立ちに自信はないがとくに悲観もしていない。してはいないのだが、物心がついたときから今に至るまで年相応に見られなかったのはどういうことなんだろう。大抵年上に見られるのだ。そういう意味ではないとは分かっているがまるで老け顔だと言われているようで密かに不満だった。
どんなことを考えていても足を動かしていれば自然と目的地に着くものだ。
学校まであと五十メートルくらいのところに来てもまだぼんやりしていたが、
「あ、」
と不意に昼食を買っておくつもりだったことを思い出した。
コンビニまで後方百メートル程。
学校には購買もある。
少し迷って、踵を返した。
自分と同じ制服の本流に一人逆らう私。なんだかなぁ。
「ゆーき! おはよー!」
本流の中の一人が私に話しかけた。高くかつ大きい声。
背は私よりも低く、しかし私よりも溌剌としてパワフルな女生徒。
薄いベージュのおかっぱを上下に揺らしている。
「でけーよ声が……」
「どこ行くの? 学校あっちだよ?」
「わかってるよ」
「もしかしてもう帰るの?」
んなアホな。
「昼飯買いに行くんだよ」
「コンビニ行くの? じゃあ私も〜」
てな具合に出島楓というおまけも一緒にコンビニに入る。
入ってすぐに買い物かごにおにぎりをバラバラ落とす私。楓は雑誌売り場に直行した。
店内には他にも生徒がチラホラいた。マンガ読んでたり飲み物を物色したりしている。スナック菓子の棚の前で熟考してるやつもいて、もしかして校内で食うつもりなのか……?
私は飲み物を籠に放り込もうと物色。これでいいや。ミネラルウォーターをチョイス。日本で一番高い山の絵が書かれたラベルを巻いているプラ容器を手に取ろうとして、その手が空を切った。




