雲行き(その3)
「おや、奇遇ですね。こんな所で会うなんて」
棒になっていた私に話しかけたのは高橋影助という男だった。
声をかけられるまで農作物も無いアスファルトがビッチリ覆った交差点で案山子になっていた。あまりに放心していたので、そのアルカイックスマイルが視界に入ったあとも暫く、話しかけられるまで反応が出来なかった。
「えっと、高橋さんだっけ」
周囲には他に通行人も自動車の往来もない。
「どうぞ影助と名前で呼んでください」
うわ、すっごい嫌だ。
少し冷静になって、現状の把握にかかる。高橋は初めて話したときと同じように制服姿だった。つまりこいつは家に帰らずに、この辺りをうろついていた様だ。
さっきまでもっと喧噪があったと思っていたが、やけに静かだった。この静かさが、居心地の悪いこと。
「この辺りに住んでるのか?」
私から会話を振ったことが意外だったのか、一瞬見開いてから。
「いえ。僕はもっと遠くの人間ですから」
ほう。通学はさぞ大変だろう。
「そのとおりなんですよ。しかし、なぜそう思ったんですか?」
「別に、制服だからこの辺に住んでんのかなって思っただけだよ」
「それは逆ではありませんか? この辺りに住んでいないからこそ僕は制服を着替えられていないかもしれないじゃないですか」
ここが繁華街だったらそうかもな。しかしここは普通の交差点だ。駅も逆方向だし、用も無く居るような所じゃないよ。
「僕の家でなく、友達の家が近いのかもしれませんよ。そこでゲームでもして遊んでいて、それでふと小腹が空いて、そこのコンビニに買い出しに来た途中……なのかもしれません」
「ああ、そういう線もあるな……」
で、どうなんだ?
「いえ、友人宅がこの辺りでもなければ小腹も空いてません」
「というか、高橋は友達居るのか?」
「影助です。ええ、何人も。クラスが違うので分からないかもしれませんが、僕の学級は割合仲が良いのです」
さして知りたい話でもなかった。
日常会話などそんなものかもしれない。
「しかし良かった」
高橋は肩を落とし手を胸の前にあて、さも「安心した」みたいな一息をついて、微笑んでいる。
「何がよかったんだ?」
当然気になることだ。私の質問に「よくぞ聞いてくれました」みたいな頷きを返してきた。こいつはジェスチャーが多い。芝居がかっていると言うか。
「なに、当然のことですよ。あなたが携帯をもったまま道ばたで突っ立っているのです。心配になるのが健全な心理でしょう?」
聞いて、苦虫を噛み潰した。鏡を見るまでもなく私の表情は渋い。
「ああ、思い出させてしまいましたね。申し訳の無いことです。もう詮索は致しませんので容赦してくれませんか?」
「別にいいけど……」
「ありがとうございます。……つかぬ事を聞きますが、羽根村さんは今何をされてる最中なのですか?」
生徒会での所用があることを話した。
「それは珍妙ですね……。そうですか。では、こういうのはどうでしょう。私も同行させてください。先ほどのお詫びにはなりませんがせめてもの償いです」
いや、いいって言ったろ。
「僕の気が収まりません」
関係ねえ。
「というか、高橋。お前なんでここを通ったんだ?」
「影助です。とくに用事があった訳ではありません。ただの散歩です」
「散歩?」
「ええ。この辺りは通学路から離れているでしょう? なかなか歩く機会がないもので、やっと機会を作って散策していたところ、偶然あなたを見つけた訳です」
うそくさい。
そんな都合のいいことがホイホイ起こるかよ。
「本当に、僕たちは機会に恵まれましたね」
笑顔を作った高橋とは対照的に私は白い目をしていた。