枯れ尾花(その6)
偵察を終えた楓が戻ってきた。その表情に任務の過酷さは感じさせずウーパールーパーみたいな間抜けな表情を晒していた。報告は私にとって満足出来るもので、つまり私の仮説がどうやら事実だったんじゃないかという自信がついた。
猫でヒットポイントを回復させた深鈴先輩も回答編に参加するようで、ここはもしかしてRPGのセーブポイントかなんかじゃないだろうか。猫侮りがたし。黒猫はニャーンと鳴くだけだった。
まず前提として、投書にはなんとあっただろうか?
私は気取ったように二人に質問をした。
「女子生徒が、」
「白い影をここで見たんだよね」
二人で台詞を割った。
「目下の問題は、この白い影が何なのか、という事で良いよな?」
二人で頷く。
……待って、楓は仕掛けを知ってるよな?
正直明かされてしまえば詰まらない種類のオチを言おうとしているのだ。だからこそ「なに」を聞きにいかせたのかせめて伏せている。でも、楓は知っているだろ。すぐに同じ予想にたどり着けるだろうに……。
ノリがいいのか若しくはアホか、……もういいや、ちゃっちゃといこう。
まあ言ってしまえばこの世界に不思議な事など起こらないってことだ。不思議に思うってことはそれが当たり前でないと感じるからであって、よく理解できていないからこそそう思う訳だ。
分かってしまえばわけない事なのだ。
例えば紀元前から物理法則に数字や記号を駆使して解釈を試みてきた訳だが、そんなことが行われる前からその現象は存在していたのだ。それはただ当たり前にあっただけで、不思議だと思うのは当たり前でないと感じるからなのだが、それはやはり、理解が及ばなかったという一点なんじゃないか?
そんな私の穴だらけの持論はひとまず置いておくとして、
「結論を先に言ってしまうと、やはり見間違いですよ」
「どうして断言出来るのかな?」
楓に目配せをする私。
「目撃情報のあるアパートの全部屋に確認したところー、三割くらいの人が応答してくれましたー。その中で一階に住んでいる人の一人が、ゆーきの言う通り、雨合羽を持ってました。白い奴〜」
「雨合羽?」
まるでイタズラばかりするガキが犯人だと決めつけていたら実は別人が下手人であると告げられた人の様に、半ば呆れるように言った。
「そんな理由?」
先輩は納得いかない様子だ。不合理だからでなく、オチがあまりにつまらないせいだろう。
しかし、世の中なんてそんなもんじゃないだろうか。一見怪しい現象に出会ったと思っても実際は何でも無いことだったという結末は。今回も右に同じだったというだけの話だ。
薄暗い路地に干されていた白い合羽、そいつの袖が風かなんかで舞って、あたかも手を振ったかのように見えた……。ただそれだけのことだったのだ。
「その人が干してたって保証したの?」
「雨が降った次の日は、必ず干しているそうですー」
それでも認めたくない様子の先輩。
動機は分からないが、やはり怪奇現象など起こらないし、幽霊なんぞ枯れ尾花に過ぎないし、お化けは合羽だったわけだ。
なおも唸る先輩。変な現象、即ち幽霊的なことでなければいけなかったのか?
でもそんなはずはないじゃないですか。
「……まあ、そうよね」
先輩もやっと折れてくれて、ついでに労働意欲も失ってくれたら文句無しだったのだが職務放棄はしない主義らしく、私は次の丸印もまわらねばならないらしい。
まったく、面倒くさい。
じゃあ行こうか、とその場を離れようとしたとき、
ニャーンと猫が鳴いた。
セーブポイントの黒猫だった。
これで終わってくれればただ変でつまらない話だったのだが、話はこれでは終わらなかった。
私はこのまま詰まらない話のままで良かったのにと思うのはこの先の実体験によるもので、何も知らないままでここで終わってしまったら私だって文句を並べたくもなる。かもしれない。
だが、体験してしまったら。
知ってしまったら。
そんなことを口にする気は起きなかった。
事態はここから混沌とし始める。
終わってしまえば、それでも詰まらない話だったと思うのかもしれない。
ある意味では笑える話だったが。