枯れ尾花(その5)
「それにしても一体何があったんでしょー」
楓が私を見る目は何かを期待するかのようだった。私もいい加減解決編をやりたいところだ。しかし手元にあるのは回答じゃない。あくまでそうなのではないかという仮説、机上の空論だ。これを正解として提示するためにはまだ証拠が足りないのだ。
その証拠集めを、楓、お前がやれ。
「…………」
ちらっと流し目で先輩を見るんじゃないよ。まだ萎れている。
「お前な、私だって年上を敬うっていう柄じゃないけどさ、幾らなんでもやりすぎだよ」
見ろあの馬券を悉く外した無職のおっさんみたいな丸まった背中を。弱冠十七歳にしてあの哀愁漂う後ろ姿をしているんだぞ、先輩は。
「謝るだけじゃ足りん。働いて挽回しろ」
口元に指を置いて思案のポーズをする楓。
正直なところは先輩がどれだけ意気消沈しようと知ったこっちゃ無い。前述のとおり、私に年上を立てるというロジックは無いのだ。
……では何故思っても無いことを言って聞かせたのかといえば、
「先輩、どうも済みませんでした。あれは嘘です。思っても無いことでした……ゆーき、これでいいの?」
まあ、いいんじゃないか?
深鈴先輩の顔色が真っ青から空色くらいまでは回復した。
「では楓、貴君に仕事を授ける」
「イエッサー、何でも申し付けくださいー」
「じゃあ七日前にあることをしていなかったか、このアパートに聞いてまわってくるんだ」
あることの詳細を言うと。
「了解でありますー」
……この労働を押し付ける為だった。
アパートに銃剣もなしで突撃していく。なんの質問も不平も言わずに。
扉が開くまで誰がいるか分からないだろうに楓がチャイムを鳴らす手には一切迷いが無かった。応答に応じて扉が開くとその度に楓は談笑をしているようだ。あんまり長いとこっちのストレス値が具合が悪くなるのだが。それに質問の役割を平気で忘れてきそうでハラハラもする。なんて精神衛生に悪い女だ。何かそんな効果のある妖怪でもついてんのか?
いけない、私とした事が。変な妄想につかれているみたいだ。気をしっかりしなければ。
深鈴先輩は猫に話しかけていた。話しかけられている茶虎柄は先輩の方を全く見ようとしないが、猫といるという状況に癒される効果があるらしく顔色がだいぶ良くなっていた。
私も混ざろうかなあ。
元々、調査に真面目な態度をとっていたのは年長者たる三岡深鈴先輩にほかならない。その当人が心理的ショックにより戦線を離脱とくれば空気が弛むのは水が低きに流れるくらい必然である。
猫と戯れていると、もう解決編になどやらなくてもいいんじゃないかって気になってきた。
ブレブレだなあ私。
尤も、何所にアンカーを下ろすべきなのか全然見当がつかないが。私はこの調査にどんな気分で臨めばいいんだ? 真面目に? 不真面目に? そもそもこんなことに、何の意味があるというのか。全然知らされていないも同然じゃないか。
つまり私は何も分かっちゃい無いのだ。説明してくれなかったからな。
興味があるような無いような。首を突っ込みたくない程度には面倒だが全く無関心を貫くには暇すぎるというか。んん? 待てよ、現状の行動に理解が出来ないことと私の行動がぶれていることはもしかして別問題なのか?
じゃあなんでブレるんだ。
適当だからだろう。
何故適当なのか。
今の行動に責任を感じないからだ。
(そうか、)
説明不足が無計画さの要素の一つにはなっているが、もしそれが解消されたとしても、責任を感じなければやはり私は適当に振る舞うだろう。
つまるところ、
「私は今、一体全体なにをやっているんだ?」
ということに尽きるようだ。
調査をしているのだろうとか詰まんないことは聞きつけない。
それになんの意味があるのか、というのが目下の疑問であった。