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お妃さまがお城に戻ると、それはもう蜂の巣を突っついたかのような大騒ぎとなりました。
それも仕方のないことです。何しろふらりと姿を消してしまったお妃さまが、何と戻ってきた時には二人に増えていた訳ですから。みんなびっくり仰天しないはずがありません。
いったいどうすればよいのかと、誰もがおろおろと互いを目を見合わせ、顔を蒼褪めさせます。
そんな中で一人、いえ二人平然とした顔をしていたお妃さまでしたが、本当のところはすっかり困り果ててしまっておりました。
森を出るや否や、すぐさま城に取って返そうとしたお妃さまでしたが、ご丁寧にお妃さまの愛馬もまた二頭に増えておりました。
お蔭で偽者のお妃さまを置き去りにすることもできず、二人そろってお城の門を潜ることになったのです。
お妃さまは恥ずかしいやら情けないやら、目まぐるしい気持ちを抱え込んで、きゅっと唇を引き結んでいるしかありませんでした。
「これは本当に困ったことにございます」
でっぷりとお腹の突き出た大臣が、照り上がった頭に浮かぶ汗をひっきりなしに拭いながら、悩ましげに口を開きます。
「お妃さまの姿を写しとったのは、森の魔女に違いありません」
湖畔の森は、別名を魔女の森といい、お爺さんのお爺さんの、そのまたお爺さんが子供の頃から、一人の魔女が庵を構えておりました。
国の者は魔女を恐れて、誰も森に近寄ろうとはしません。
もっとも森に足を踏み入れなければ、魔女が誰かに悪さをすることは滅多にありませんし、かつて恐ろしい疫病が流行った時に、魔女が当時の王さまに力を貸してくれたこともありました。
そのため代々の王さまは魔女が森に住むことを黙認しており、国と魔女は互いに不干渉を貫いていたのでした。
しかし当然、遠い国から嫁いできたお妃さまが、そんなことを知るはずがありません。
お妃さまは毎日の勉強で忙しく、また国から連れてきた侍女以外に、気軽に話しができる相手がいなかったのです。
「国から正式に、魔女にお詫びの使者を送ってみてはどうだろうか?」
「しかし、その使者まで呪いを掛けられたらどうする?」
「別の魔女に、蛙に掛かった呪いを解いてもらえばいいんじゃないかしら」
「だが、森の魔女よりも力のある魔女は、この国にはおりませんぞ?」
大臣は手の空いている者をみんなお城の広間に集めて、知恵を絞るよう命じました。
集まった召使、料理番や兵隊さんに至るまで、口々に意見を述べていきますが、これぞといった解決法は浮かびません。
「昔、逃げた泥棒を追いかけて、兵士が森に入ったことがあったのですよ」
そう言ったのは、好々爺然とした風貌の老将軍でした。
かつては勇猛果敢で鳴らした老将軍も、いまは剣を持って前線に立つことはいたしません。しかし長きに渡って国を守ってきた知恵と経験は、とても頼りになりました。
「森を荒らしたことで魔女の怒りを買ってしまい、兵士は泥棒もろとも、蛙に姿を変えられてしまったのです」
「おおっ。してその兵士と泥棒はどうなったのですか?」
人々は、老将軍の話に注目します。
「三度ほど、丸い月が上り、その月が萎んで再度まん丸の月が空に上った頃に、どちらも人の姿に戻りましたな」
その言葉に誰しも、ひとまずほっと安堵の息を漏らしました。
どうやら姿を写しとる呪いも、時が来れば自然と解けそうです。
しかし、それでもまだ大きな問題がひとつ、この場には残っておりました。
それは、どちらが本物のお妃さまなのか、誰ひとりとして見分けることができなかったということでした。
双子よりもそっくりな見た目の二人のお妃さまですが、どちらか一方は本物で、どちらか一方は間違いなくカエルなのです。
もしまかり間違って、本物のお妃さまをカエルとして扱ってしまったら、とんでもなく失礼になってしまうでしょう。
あるいは東の果てから共に来た侍女ならば、本物のお妃さまを見分けることもできたかも知れませんが、すでに侍女は旅の空です。
もっとも、こうなってしまった以上は四の五の言ってはいられません。早馬に手紙を持たせ、侍女を急いで引き返させようということになった、その時です。
「両方を妃として扱えばいい」
冷たくそう言い放ったのは、この騒ぎの中ただ一人、我関せずといった態度で、広間の片隅で執務を続けていた王さまでした。
「どうせ時が満ちれば、片方は蛙に戻るのだろう。いたずらに騒ぎ立てずとも、その時を待てばいいだけの話だ」
王さまは、書類から顔を上げることもせず、それだけを口にします。
ざわりと、周囲に戸惑いのざわめきが起きました。
「陛下、さすがにそれは……」
でっぷりとお腹の突き出た大臣が、困り切った顔で言葉を濁します。
お妃さまをカエルとして扱ってしまうのは、もちろん言語道断です。ですが、カエルをお妃さまとして扱うことを、果たしてお妃さまが納得してくれるとは思えません。
しかしです。
「別に構わぬ」
お妃さまの片方が、言いました。ぎょっとした人々の視線が集まる中、もう片方のお妃さまも続けてうなずきます。
「妾が蛙になったとすれば、問題も多かろう。じゃが、妾が一人増えたことで生じる障りなど些少のもの」
もう片方のお妃さまが再び口を開きました。
「いまだ執務に携わることなく、学ぶだけの日々じゃ。ひとり余分に世話を掛けさせることは心苦しいが、なに。陛下が構わぬと仰っておるのじゃ。許してたも」
目を細め、つんとあごを突き出すその様子は、どちらも同じくらい気位が高く、偉そうに見えます。
お城の家来や召使いたちは困ったように、再び顔を見合わせたのでした。