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大陸の西の果てにある国に、東の果ての国から花嫁さんがやって参りました。
花嫁衣装と嫁入り道具を馬に乗せ、えっちらおっちらとやってきた花嫁さんは、この国の王さまのもとへ嫁ぐことが決まっておりました。
月の満ち欠けを幾度となく繰り返すほどの時間をかけて、遠い国からやってきた花嫁さんは、誰も見たことがないほどに豪華で素晴らしい結婚式を上げ、この国のお妃さまになられました。
西の国の人たちは、この新しいお妃さまは大層な幸せ者だと、心から祝福をいたしました。
結婚式から数えて、お妃さまが旅したのと同じだけの月日が過ぎました。お妃さまがお国を出てから暦が一巡りしたことになります。
その日、お妃さまは供の者もつけず、たった一人で森のそばにある湖まで遠乗りにやってきておりました。
お城の人達は、誰もそのことを知りません。唯一の例外はお妃さまが自分の国から連れてきた、たった一人の侍女だけです。
しかしこの侍女も、その日からしばらくお休みを頂き、一度祖国に戻ることになっていたので、お城の中にお妃さまの居場所を知るものは誰もおりませんでした。
「ああ、イヤじゃ、イヤじゃ」
湖のほとりの森の入口で、お妃さまはため息をつきます。
この国にお嫁に来てからお妃さまは、一度たりとも心の底から笑ったことがありませんでした。
夫となった王さまは忙しく、結婚式以来きちんと顔を合わせたことがありません。
また、この国の文化や暮らしはお妃さまの生まれた東の国とは何もかもが違い、いくら勉強をしてもなかなか身に馴染みません。
その為お妃さまはほとほとウンザリして、気晴らしのために城から見えたこの湖まで、遠乗りにやってきたのでした。
湖の辺には森が広がり、風が吹くと梢のざわめきや鳥の鳴き声が聞こえてきます。
その風景はお妃さまが馴染んだ、葦の茂る祖国の湖の景色とはだいぶ異なっておりましたが、それでも水面が光を弾いてキラキラと輝く様を見ているうちに、お妃さまの心は段々と静まって参りました。
「仕方ない、帰るかの」
ぼんやりと湖を眺めていたお妃さまでしたが、重い腰を持ち上げて呟きました。もちろん重いと思うのは気乗りがしないからであって、実際のお妃さまの腰はほっそりとした柳腰です。
あまり遅くなると城の者達が心配してしまうだろうと、お妃さまはしぶしぶと乗ってきた馬の方に向かいました。しかし、
「なんじゃ?」
お妃さまは振り返ります。誰かに呼び止められたような気がしたのです。
その声は、森の奥のほうから聞こえてきたように思えました。
「いったい誰ぞ?」
声を掛けても、返事はありません。
真っ直ぐ城に戻るには気が重かったお妃さまでしたから、誘われるようについふらふらと、森の中へ足を踏み入れてしまったのでした。