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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第三章 ― 1 ―
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06 新しい恋人 1

 持ち帰りのプラバッグを人差し指にひっかけて引き戸に手をかけると、

「あざっしたー」

 声が背中に当たった。押されるようにカケルは店の外に出る。


 小路に出るところで敷き石のわずかな段差に大げさによろめく。

 久々に飲んだせいか、思ったより酔いが回っていたようだ。


 街灯がかなりの数絞られているらしく、あたりは真っ暗だった。

 持ってきた懐中電灯を出そうと上着のポケットに手を入れ、うまく入らずに何度かやり直していた時、


「それとも、一緒に来る?」


 よく通る透き通った声が少し離れた暗がりから飛んできた。唐突なことばに


「はあ?」

 腑抜けた声を吐きだしてしまってから、カケルはおそるおそる前をうかがう。


「アナタさ」


 隠れるところなど何も無い、単なる路地のまん中、カケルがようやく点けた灯りのその中に、白いサンダルの足先が伸びてきた。


 赤いペティキュアのつま先はちんまりとして、その上に伸びる脚は華奢なのに美しい一揃いのラインを描いて上に伸びていた。これ以上は短くできないというジーンズを断ち切ったホットパンツはふちがほつれてフリンジのように、色気のない太ももにかかっている。まだそれほど暖かい季節ではないのに、黒い半そでのTシャツ一枚という軽装、上着はジージャンを、人差し指で肩にひっかけて背負っていた。


 顔立ちは幼く、特に可愛いとかきれいだとか言う訳ではない、どんぐり眼の上の眉は濃く、どちらかと言うと聞かん気の強い少年風だ、それでも、脇の少し上で1つに縛った髪の先が軽く肩に触れているのがどことなくなまめかしい。中学生か? 一瞬そう思ったが、ふと、先ほどの店にいた客の1人だと気づいた。


 確か、男の連れがいたはずだ、今は独りなのだろうか?

 カケルは少し身をかたくして、そっとあたりをうかがう。

 誰もついて来ていないようだ。


「アナタ、どこに住んでるの」

「今?」

 あったりまえじゃん、と彼女はつぶやくように地面に言ってからまた顔を上げる。髪の束が跳ねた。


 どうしてこんなに高飛車なんだ? 女ってみんなこんな感じなんだろうか? それでも無視するほど嫌な感じでもない、カケルは口を尖らせて答える。

「十二小学校の体育館だけど」

「避難してきたの」

「まあね」急に風向きが変わり、彼女の方からかすかに湿った風が来た。ふと、鼻をかすめる匂い、カケルは気づいてはっと目を凝らす。


 酔いが急に醒めたのが分かった。


「君さ……」この近くに住んでいるのか? どうして自分に声をかけた? 一緒に来るかってどういうこと? さっきの男は連れじゃあなかったのか、色々と聞いてやりたいことの前に大きなはっきりとした疑問文が立ちふさがる。


「君、狼?」

「そうだけど?」


 少女はあっさり答えた。

 でなければアナタなんかに声なぞかけないよ、といった口調だった。

「そうなんだ……」

 急に気だるさに襲われ、カケルはだらんと手を降ろす。


 狼とはもう関わりなく暮らしたい、実はそう思っていたのではなかったのか?

 なのに、どうして家を出てからずっと、ピアスを外さなかったんだろう?


「アナタ、名前は?」少女が近くに来ると、確かに狼が匂った。

「カケル、君は」

 それには答えず、少女がすぐ近くに寄った。カケルの顔を覗くように見上げる。

「鼻が悪いの? カケル」

 いきなり呼び捨てだった。カケルは詰め寄られて一歩下がる。

「何でだよ」

「店にいた時から、気づかなかったの? こっちに」

「別に」

「鼻があまり利かないんだね」

「そうかな」あの店で、揚げ油にゴマ油を少し入れているのには気づいた、それはまあ、言われれば誰でも気づくことだろうが。


 それと思い出したのは、小学4年の頃ずいぶん長く耳鼻科に通っていたことがあった。

 副鼻腔炎、だったか? 確かに鼻はあまり良くなかったかもしれない。

 しかしそれをいちいち彼女に説明する気にもなれない。


「アタシはすぐに分かったよ、だから声かけたんだし」

「さっきの男、狼だったのか?」

 えっ? 彼女は目を丸くしてバランスを崩したようによたよたと後ろに下がった。カケルを覗きこむために背伸びをしていたらしい。

「さっきの男? 見てたの?」

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