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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第三章 ― 1 ―
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04 見た目ぱっとしない居酒屋で 2

 避難所ではどんな仕事をしているのか、という話から、仁田がたまたまあの日に第十二小に回ったということを知った。

 いつもはもっと東地区の緊急支援物資受付窓口にいるのだそうだ、たまたま支援物資の件であそこに立ち寄り、カケルをぐうぜん見つけたらしい。

 今後なかなか会えそうもないけど、よかったよ、よかった、これを機にまた飲もうぜ、そう言って朗らかに笑っている。


 いつもあてにはできなさそうだが、それでも、近隣のどこであまり並ばずに飲み水が手に入るかとか、営業店舗の最新情報とか、避難所窓口が比較的空く日時とか、そういったことを色々と伝授してくれてありがたかった。

 カケルは感心しながら相槌を打っている。


 やはりコイツと飲みに来たのは正解だった。そこに仁田が言った。


「ところでさ、オマエ諭吉と仲良かったよな」


 急に諭吉の話に飛んで、カケルは枝豆をつまんでいた手を宙に浮かせたまま彼をみた。


「ああ、まあな」まだ仁田がこちらを見ていたので

「中学も一緒だったしな、部活でも」

 そう答えたら、はあ、と息をついて急にしんみりした声になる。


「アレにやられたんだって? 行方不明って言っても、もう死んじまってんだろうな」

「……ああ」


 意思無き襲撃、という語彙は一般的にはなっていたものの、誰もがなぜかはっきりとは口にせず、『アレ』とか『ソレ』とか呼んでいた。『コレ』では決してないところが、せめて自分とはあまり縁のないものだと信じていたいからだろう、とカケルは漠然と思っていた。


「その日に、会ったんだ」

 カケルがそう言った時、ちょうど、店内が一斉に静まり返った。揚げ油の音さえ。

 仁田はぎょっとした顔でカケルを凝視する。のほほんとした同級生の影は消え、急に目の前に全然見ず知らずの中年の男が現れた。


 意味が伝わらなかったのかと思い、カケルは付け足す。まだ静かなままだったので少しだけ声を落とし

「諭吉だろ? その日、つうか俺らその時ファミレスにいたんだ一緒に、そしたら」

 そこまで言うと仁田が小刻みに首を横に振った。

 横目で後ろ、薄い仕切りごしにいた知り合いに今の声が届いていなかったか、気にしているようだった。


「なに?」


 明らかに、仁田の様子が変わった。硬い声で


「その話はよそでしない方がいい、特に近くでそれを見た、というのは」

 あまり口を開けずに言う。


 その時またからりと戸が開いて「いやっしゃっ」の呪文が響いた。誰か入ってきて、カウンターの一番入口に近いあたりに座ったようだ。若いカップルのようだった。


 それを目の端で捉えてからまた仁田を見る。なぜ? と目が訊いたのか、また仁田が答えた。さりげなさを装っていたが、慎重きわまりない。後ろの連中はまた自分たちの話に戻っていた。それをしばらくやり過ごしてから彼が答える。声はまだ小さなままだった。


「聞いてるだろ? アレを近くでくらった時に、たまに後遺症が出る場合がある……ってさ、被害に遭わなかったはずの周りの連中が原因不明の病気で死んだりとか」


「でもオレはピンピンしてるけどな」

 ややムッとした言い方になってから、カケルはすぐに笑って次の枝豆に手を伸ばす。声が少し大きかったのか、カウンターについた2人組の、女の子の方がこちらに目を向けた。さらりとした髪を斜め上でひとつに縛り、なかなか可愛い目鼻立ちだった。カケルはあわてて声のボリュームを下げる。

「そりゃ、諭吉は可哀そうだったけどさ」

「目の前で消えたのか」

 仁田は目を自分の手元からあげずに訊いてきた。


 そこで簡単にその日の状況を話して聞かせる。仁田は硬い表情を崩そうとしない。カケルはあえて軽く語ってみせた。

「とまあ……だから奴だってファミレスの店内にいたらもしかしたら助かって」

「オマエ、店内にいたのか?」

 抑え気味だった仁田の声が一オクターブ上がる。


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