01 この世には無関係なものなど一つも
この世の中の事がらに無関係なものなど、何ひとつない。
昔、そう言ったのはイブだった。
全てのものは繋がり合っている、と。
ものごともそうだし、人と人ともそう。急激な感情の移り変わりすらそれぞれが突発的に湧きおこっては消えていくようにみえて、実はどれもが深い所でひとつの根に繋がっているのだと、イブは続けた。
その論でいけば、過去に起こった事全て、現在起こっていること、更には未来に起こりうることすら全ては繋がり合っている、何もかもが1つのもつれ合った塊であって切り離すことはできない。
運命はすでに絡まり合った巨大な塊の中に存在しているの、とイブはこれ以上なく真面目な顔をして言った。
だったら、運命はもう既に決まっているということなのか?
そう尋ねた俺の顔は相変わらずどこか間が抜けていただろう。その晩はふたりでふざけて舐め合って夜を明かし、すっかり身体中気だるい満足感に浸されていたから。
そうだよ。と同じ顔のまま、イブは言った。
あまりにも真面目な表情はかえってふざけてみえる。そう言ってやりたいくらい彼女の目は真剣だった。俺は笑いながら言った、その時。「マジかよ、ありえねえ」
俺は言ってやった。
「何かヤなことあって、嫌だなあと思えばそれを避ければいいだろ? つき合いきれねえと思ったヤツとはもう会わないように避けて歩きゃいいし、避けられることはとにかく避ければいいと思うけどな。事故だって何だってそこに行きあたるのは偶然だよ、急に笑ったり腹が立ったりなんてのは、だから」
彼女は何も答えない。
キスして、と初めて言った音楽室で「だめですか」と聞いてきた時の目と一緒だった。
音楽室での光景が目に浮かんだ瞬間、急に頭の中で何かが繋がる音がした、メトロノームが一度だけ左に振れた。そんな音。
音が聴こえて、俺は納得してしまったんだ。
運命は既に最初から決められている。
彼女がその目をして言うからには、それは真実なのだ、俺が信じる信じないに関わらず。
父が亡くなったあの夜に何故イブから着信があったのか、ヤツから知らされた時に俺は吼えた。
相手に飛びかかりながら、しかし、悦びしか湧かなかった。ようやく止めがさせる、という黒い昏い悦び。
飛びかかる直前、人間であった最後の一瞬まで、俺の中には激しい憤りしか無かったはずなのに。急激に胸の中に満たされていく憎悪と憤怒の気体、あの男を目の前に言葉を唱える間もなく俺は変わった。しかし、高く跳ぼうとして狼の後肢が硬い地面を蹴りつけたそのとたん、憎悪は脊椎を貫く歓喜にとって代わった。
運命なのか? すでに決められていたのか?
あの狂おしい程の悦びまでが。
それからもたて続けに起こった全てのこと。俺自身が陥ったこと、俺の預かり知らぬ所で翻弄された全ての命と魂との軌跡、俺が生まれるずっと昔から、死んでからずっと続くだろうこの世界、それらが実は裏ですべて絡まり合い『大いなる意思無き意思』に管理されている。
最後にムカイヤからボウフラの話をされた時には、その情景も見えた。
『ALL』とでっかく書かれた水槽の上から、覗いているのは『無』。
奴の声がまだ耳にこびりついてる。
「彼らは、身を潜めてじっとしているのです。それがどうにもならない事と知りながら」
俺は信じない、信じない。運命が既に定められたものなどとは。全てが1つに絡み合っているなどとは。
俺たちがどうにもならないと知りながら身を潜めてじっとやり過ごすしか方法がないなんて。
信じてもいないことを納得するのは止めた、イブとほんとうのさよならをした時に。
運命という甘いことばの呪縛から解き放たれた時にも、ほんのわずかには未練は感じていたのだが。
それでも愛は……愛だけは、繋がっている。そう信じてもいいだろうか。




