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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第二章 ― 2 ―
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32 事務所再訪 2

 刑事たちでしょう、この事務所にも来ました、とごく事務的な口調でムカイヤは言った。

 どこからバレたのかは、ちょっと分かりませんね、とそうも言う。


 少なくともカケルが疑われていたわけではないのに、ほんの少しだけ安堵してカケルは溜めていた息を気づかれないように吐いた。


「それでも、取り返しのつかないことをしたわけですから」

 ムカイヤは、まだ残っていたパイプ椅子を二つ出してきて、ひとつを彼に勧める。

「暫らくは大人しくしている方がいいでしょうね、キミは」


 自分は大丈夫だと思っているのだろうか? カケルはかすかに目を細めた。


 十年以上見なかったはずなのに、ムカイヤも全然変わっていない。

 着ているシャツのピンストライプすら、同じ色合いに思えた。。


「急に刑事が帰ったのはどうしたんでしょうか」

 俺は変わったようにみえるだろうか、とカケルは少しだけ血管の浮いた手の甲をもう片手で押さえるように膝に戻した。

「さあ……何か他に事件があったのでは?」それでなくても近頃色んなことが急激に起こり過ぎですからね、意思無き襲撃でしたか? あれもじきに大騒ぎになるらしい、と。


 そんな噂はワイドショーのネタだろう、とずっと思っていたカケルはびくんと背筋を伸ばす。

 この男が『意思無き襲撃』と口にした時、周りの空気が一気に数度下がったようでカケルは更に身ぶるいした。


「それはどこで聞いたんですか」

「ヤマナシくん」急にムカイヤが背筋を伸ばす。


 質問には答えず唐突にこう告げた。「キミも逃げた方がいい、たくさん殺しているんだし」


 えっ、とカケルは目を見開いた。


「殺している? それは、あなたたちが殺せ、と」

「いや」急に、ムカイヤが相好をくずす。


 殺せ、と言っているわけではない、と彼は爽やかに言い切った。

「じゃあ、何をしろ、と言うんですか」

 ムカイヤは、どことなく困った目をしている。

「狼になって、その人……そのターゲットに会う、そうして向き合ったら、そりゃあ、やることは1つでしょうか」


 そうさ俺たちゃ、やるこた1つ。歌になりそうだ。オマエとオレとふわふわのベッド、それだけあればやるこた1つ、オマエの匂いをかぎ分けて、オレはがぶりと噛みつこう


「そうせざるを得ないのだったら。あなた方の本能なんですからね、それは。自分に忠実に生きていけるでしょうし、」


 まるで全ての責任がカケルにあるような言い方だ。


「だったら、それはそれで仕方ないと」

「だったら何だよ」カケルは立ち上がる。弾みで折りたたみ椅子がべちん、と安っぽい音を立てて後ろに倒れた。

「そりゃ、どういう意味だ? アンタら、処理班まで用意して証拠隠滅までしている、逃がした時には懲罰チームまで。それってさ、コロセって言ってるのと同じだろ? テメエらは手を汚さずに俺らに全部、一番汚いシゴトをやらせているんじゃねえか」


 気がついたら、「や、やめろ」ムカイヤの首を両手で掴んでいた。自分の親指が醜く折れ曲がってムカイヤのむっちりした首に食い込んでいるのが真っ赤な視界の中に見えた。掴んでいる感覚はなかった。ただ、目に映っているだけ。

 前脚を使って殺すんだ、ソンナコトモデキルンダ、狼がわらった。じんじんと視界が脈打っている。むぃーーーんと、音とは言えないものが鼻の奥から耳にまで伝わり何かの圧力がぐんぐんと上がっているのが自分でも判った。どこか聴覚の範囲外でようやくげえっと前の男が喉を鳴らしているのを拾う。そいつの前脚がじたばたと自分を打つ。狼がまた笑う。


 殺せるのか? ニンゲンよ。

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