31 事務所再訪 1
トマベたちが訪ねてきた日の晩、カケルはムカイヤの携帯に電話をした。
繋がらない。呼び出し音が延々と鳴っていた。留守電にすらなっていない。
せめて、何の件で呼ばれたのか、ヒントだけでも知りたかった。
そして、彼らが急に帰ってしまった理由も。
ムカイヤがそこまで掴んでいるのかは不明だし、声を聞くのも嫌だったが、少なくとも今、頼りになるのは彼だけだった。
結局、電話には誰も出なかった。カケルは直接事務所に出向いた。
訊ねて行くのは、イブと出かけて初めてムカイヤに会った時以来だった。よく考えると本人に会うのもその時以来だ。何度も会った気がしていたのに。電話は何度もやり取りした。しかし、それから実際に彼を見たことはなかった。
訪ねて行ったのは十年以上も前なのに、街並み自体ほとんど変わりがない。カケルは迷うことなく、駅からの道を急ぐ。
とうに夜半は過ぎて、田舎じみた街なかのビルにはほとんど灯りが残っていない。しかし、なぜか確信があった。
ヤツは必ず、事務所にいる。あの場所に。
やがて見覚えのある一角に、見覚えのある建物が浮かび上がってみえた。暗がりの中、一角のフロアに白い灯りがぼんやりと滲んでいた。灯りが見えるのに、どこか廃墟の風情を漂わせている、しかも控えめにこじんまりと。
カケルは入り口で立ち止まり、そっと左の耳たぶに触れる。ピアスはして行こうかどうしようか迷って、結局外してきた。耳に何もついていないのが、これほどまで心細く感じたことはなかった。
彼はひっそりと息を整え、かろうじて白いと言える階段を上がっていった。
来るのは予め分かっていました、という顔をしてムカイヤは戸口を向いて奥の窓際に寄りかかって立っていた。
既に荷物はあらかた出してあったようで、古びたフロアにはほとんど何も残されていない。
積み上げてあった書類や壁に貼られた地元イベントのポスターも全て取りのけられている。初めてこの事務所に入った時も、どういう業種を装っていたのか判然としないものがあった、かえって今のほうが、このがらんとした感じの方が彼らの実際にしていることに近いような気がした。ムカイヤの澄ました声がこう言い出しそうだった。
そう、私たちはすべてを整理して順に片付けていくのです、と。




