19 血の跡を曳いて 4
合宿所からの集団失踪事件が大きく騒がれる中、数日後の夜七時頃にムカイヤからの電話を受けた。
カケルが訊ねる前に、あちらから教えてくれる。
「彼女はね、いなくなってしまったので」
もうシゴトをしませんから、これから一人になるけど、よろしくお願いします、と仕事の引継ぎ以外の何物でもない内容だった。切れる前にあわてて彼は聞いた。
「こないだのあの……シゴトの件は」
これだけ騒ぎになっているのがやはり気になった。カケルらしい人物の似顔絵まで公開されていたし。電話の向こうに、少し沈黙があった。カケルが慌ててことばを足そうとすると、
「あれは、もう全て終わりましたので心配ありませんよ、ご苦労さまでした」
いつもより、何となく事務的な平板な口調でそう言って、ムカイヤは電話を切った。
のろのろと、彼は電話を戻す。確かに、駅に乗り捨てた車もムカイヤが人をやってすぐ近所のスーパー駐車場まで届けてもらっていた。しばらくあの近辺を歩かない方が無難だろうが、とりあえずカケルのシゴトはひと段落ついたのだ。
事件は、連日連夜大きな騒動となってテレビのニュースを、そしてワイドショーを賑わせていた。当初は重要参考人として、カケルらしき似顔絵もさんざんテレビに登場していたが、なぜか引率の阿久津という教員に徐々に疑惑が集まっていった。彼の過去を根掘り葉掘り報じる番組も相次ぐようになった。
数週間後、報道がやや下火になった頃、カケルの預金通帳に入金があった。
「800,000」が二口。 合計百六十万円。
つまり、ひとりあたり十万円余のシゴトだったらしい。
いなくなったイブの口座にも同じ分だけ入っているのだろうか、それとも総額でこれだけなのかは確かめようがない。
カケルは何度もその黒く印字された数字を見直す。
きっちり、端数すらないんだ、そんなものなんだな。
あの人たちは苦しんだり、泣きわめいたり逃げまどったり……この世の終わりに遭遇した。
そして俺はその代償に、こうして端数がない丸まった金額を受け取るんだ。
自分の内側からも大きな分身をごっそりと削り取られて。
涙も出なかった。その部分も削り取られてしまったのだろうか。




