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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第二章 ― 1 ― 
66/148

18 血の跡を曳いて 3

 看護師が指し示した処置室の白いベッドには、誰もいなかった。乱れたシーツにはおびただしい血の跡、そしてその素足で引きずったような赤い軌跡は床に伸び、更に、枕元の棚を汚して少し高い所についていた窓にまで続いていた。

 普段あまり開けた事のなさそうな、薄汚れた窓は大きく開け放たれていた。


 みな無言のまま、その様子を眺めている。

 カケルはゆっくりと窓際に歩み寄り、外を覗いた。


 暗過ぎてよく見えなかったが、下の植え込み、ツツジだろうか、踏み荒らされたようにひしゃげ、少し離れたコンクリートの上に、体操着だったらしいぼろ布が闇にいくつか浮かんで見えていた。その辺りまで、血だろうか黒っぽい染みが大量に散っていた。


 イブは、姿を消していた。


 警察で事情を、ともちろんそういう話になって彼は大人しく「分りました」と答えたが聞きたいのは俺の方だよ、とずっと心の中で叫び続けていた。


 車に乗り込むまで、さりげなくTシャツの下でジーンズの前ボタンを外してジッパーが引っかからないように1センチほど下げておいた。


 パトカーに近づいた時、彼は思い切り脇に跳んだ。あっ、と声が上がる間もなく彼は植え込みの向う、段差になって落ち込んでいる道路へと身をひねるように落ちていく、落ちる瞬間にどうにか狼になった。

 ジーンズが足に絡んだのを後ろ脚で蹴るように跳ねのけ、その勢いのまま病院の背後に迫る山へと駆けていった。Tシャツの最後の切れ端が藪にひっかかってはらりと落ちる。ジーンズは運よく蹴った時に脱げてしまったらしい、トランクスもそのうちに「みし」という音とともにスリットから裂け目が入り、しっぽを一振りした時にどこかの暗がりに飛ばされていった。


 背後でずっと、誰かが何か叫んでいたがすでにその声は遠くなっていた。


 血の匂いを辿れば、彼女は捜せるかもしれない。どこかでそれは感じていた。

 それでも、別のどこかではずっと、狼は怯えていた。そして、昏い思いに囚われていた。


 メスは逃げたのだ。血の跡をひきずりながら、ひとりきりで、彼を置いて。

 それは死に場所を求めて。

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