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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第二章 ― 1 ― 
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16 血の跡を曳いて 1

 なぜこんなことに、なぜこんなことに。動悸と同じ速さでその問いが頭の中を駆け巡っている。カケルはイブが力なく垂らしたままの右手をずっと握り締めていた。白い陶器のような肌は更に血の気を失って透き通るような青みを帯びていた。がたん、と揺れるたびに座っているベンチから尻が浮き上がる。


「血圧みて」

「105 ― 61」

「国道出ます」

「了解」


 救急隊員の単語にも似たことばが彼の頭上で飛び交う。

 カケルは半分眠ったようにそれらの声を聞いていた。


 狼はイブの傷を見た。大きくはなかったが、右腰から太ももにかけてざっくりと切り裂かれ、出血はいっぺんにではないものの、止まる様子がなかった。太ももの傷は切れ目にそって白い皮下脂肪が弾けたようにぐるりと反り返っていた。

 うう、うう、と彼女は声にならない声をあげる。


 田中は教室の片隅に身を投げ出すようにこと切れていた。包丁がちょうど、二人の中間地点に左矢印のように転がっていた。矢印は血にまみれている。タナカはオオカミをやっつけました、それがこちらです。という説明にみえた。


 狼はイブの傷口を舐めた。とにかく、舐めるのが一番だから。傷の様子もよくわかるし、これならば致命傷かそれほどでもないのか、どれだけ休めばいいか、感覚で分る。


 しかし舐めているうちに急に本能が告げた。


 コノママデハダメ、カケルヲヨベ


 舌を出したまま、イメージを頭に浮かべる。


 ニンゲンニナル、アカイシカク。

 火ヲ。


 カケルに戻ったせつな、激しい後悔が押し寄せる。

 やばい、俺、何の段取りもたててない。処分は全て済んだ、そこまではいい、でもそこから抜けられないってことまで、考えたことあったか?


 狼のままでは帰れないのはよく解っていた。イブは自力で動けない。意識さえ朦朧としているのに。かなり舐めたにも係わらず、血はダラダラとまだ流れている。このままでは死ぬ。


 外には先生と大学生が乗ってきた車が停めてあったはずだ、ミニクーパーもあったので、キーさえ見つかればどれでもすぐ乗って帰れる。イブだって運べるはずだ。服は学生や生徒の着替えがどれか、あるだろう。


 しかし、一番近くの病院はどこだ? それに、何と言って入ればいい?


 はっと気づいて、とりあえず手近な田中のポケットを漁る。持っていない、ではミズキは?

 ミズキのポケットの中から財布。学生証と3万円弱の現金、そして、ありがたいことに反対側のポケットからは携帯電話。すばやく取り上げる。身につけたままだと、間もなくやってくる『片付け班』の蟲たちに全てを喰い攫われてしまう。とにかく外部に出られる手だてを素早く考えないと、それと、イブを助けないと。優先順位は何だ? 車のキー? 服? それとも……


「イブ」軽く、その血の気の失せた頬をはたく。「イブ、しっかりしろ」

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