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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第二章 ― 1 ― 
61/148

13 合宿所襲撃 2

 二頭は校舎の裏側に回りこんで、廊下側の窓に近づいた。


 廊下は一箇所だけ風を通すためか、網戸にしてあった。

 オスは鼻面を網に押し付けそれをたわませようとするが、新しいせいもあってぴんと張り詰めている。そのくせ溝に食い込んで簡単には動こうとしない。破ったり落としたりすると音がうるさいだろう、オスは鼻を押しつけたままそっと、戸を脇に滑らせてみた。

 下から上に力をかけるようにした時、網戸は難なく横に動いた。そのまま鼻で中のガラス戸も滑らせる。


 ぽっかりと開いた口からまずメスが、それからオスが校舎内に忍び込んだ。


「天気、もちそうですよね、上流まで行けるかな、これだったら」

 そこまでのことばが廊下にまで漏れてくる。が、急に声が止まった。


 虫の音。


 狼は完全に動作を止めた。


「阿久津先生、なにか」

 少し高い声が能天気に響く。


「ん……」椅子が床にこすれて軋んだ。

「田中くん、何か今、音がしなかった?」


「いや、気がつかなかった。ミズキ、何か聞こえた?」

 能天気な声に問われて、少し控えめな低い声が間をおいてから

「別に」

 また少しの間、聞こえるのは虫の声だけ。


 狼は息をころす。


「……誰かトイレにでも行ったのかも」

「いや、ぐっすりだと思うよ。今日はヘトヘトだっただろうね、みんな」また感じのよい笑い声がひくく響く。


 声の低いほうが、オスの分担だった。匂いで判る。大柄なミズキという男、十九歳。場所も分かった。オスは左に寄ってメスを回り込む。メスも気づいたらしくすっと身を除けてオスに左を空けて自分は右端についた。先生の所に一直線の位置。


 風を通すために、前側のドアと窓がひとつ開いていた。ドアの影にメスが、窓のすぐ下にオスが寄る。


「採集キットを班長に渡す時に、注意してほしいことがある」

 阿久津先生のことばがキューとなった。二つの影が黒い疾風となって調理室になだれ込む。


「っ!」


 オスの視界の端にメスの身体が一杯に伸び上がり、その影で半白髪の男が両手を挙げたのがちらりと映った。オスは目を戻し、一瞬で目の前の『ミズキ』を捕らえた。


 二人で作業した一回目の時と、あまり変わりはなかった。


 メスはふわりとのしかかり、軽く先生の首筋をくわえた。動作の軽さにも関わらず先生はいともあっけなく肉を食い破られた。赤い血しぶきが教壇の位置にあるステンの流し台とその前方のホワイトボードを勢いよく濡らした。先生は挙げた両手で狼の頭を丸抱えにしたがその手にすでに力はこもっていなかった。かけていた眼鏡が狼の牙に当たってツルがへし曲がった。ああ、あああとどこかでかすかな声、そう、もう1人残っている、あまり恐怖を与えてはいけない、オスは自分の咥えた喉首を一気に噛み砕く。狼の身体の下でがっちりした体がぶるぶると震えてズボンの下で固くなった局所が狼のわき腹に当たった。狼は何度も小刻みに顎を動かしてその震える身体を横にずらしていった。何回めかの時に赤黒くなった舌が獲物の口から飛び出しているのがみえた。それほど苦しかったのだろうか、まだ完全に息が止まっていないようだ、首が太いせいなのだろうか、いったん口を離そうか、そう思ったせつな、


「あああああああああああああああああっっっ」

 絶叫とともに何かが右後脚を束縛した。


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