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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第一章 ― 1 ― 
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05 赤い百円ライター 1

 ひりつく痛みをこらえながら、カケルは手を冷やし続ける。


 琢己はテレビに縛りつけていた。正確に言うと本当に束縛しているのではなく、テレビの前に、大きな紙の上にポテトチップを山盛りにして、吸い口のついた琢己専用マグカップにペプシコーラをたっぷり500ミリリットルは入れて、姉から借りてきたDVDを流しているだけなのだが。


 本当に縛りつけたら、多分そのままテレビを引き倒してその液晶画面を足首にくくりつけたまま窓から飛び出して、表に走り出して行ってしまうだろう。画面はだらしのない平面犬みたいにぼよんぼよんと弾みながら後に続くんだろう。


 その様子を何となく目に浮かべて、それを間抜け顔で見送っている自分までみえてつい力なく笑ってしまう。へそに力が入らない。


 右手首から手の甲にかけては水につけている間は何の痛みもないのだが、少しでも水から出していると、すぐにこわばったような激しい痛みに襲われる。


 琢己を叱っても、どなりつけてもどうにもならない。しかし、ついカケルはふり向いて彼の方をきつい目で睨んでしまう。


 琢己は、ごろんと長細い身体をテレビの前に横たえ、左手でポテチをかき混ぜながら右手でしっかりコーラのマグカップを握り締め、うっとりした顔でテレビ画面を眺めている。ポテトチップスはかき混ぜているだけで食べているわけではないので、取り上げようとしたら、ういっ! とけたたましい声で手を払われた。


 ちなみに番組はかなりマニアックなBSの海外ニュースを撮りだめしたものだった。翻訳口調のキャスターがしゃべっているのが、リズム的に彼には心地いいらしく、これを点けているとだいたいいつも大人しくなった。今回はかなり興奮していたので無理かと思ったのだが、起死回生のチャンス、どうにか成果はあった……被害は大きかったが。


 ポテトチップスはすでに半分以上は粉末状にこなれ、紙からはみ出してカーペットに進出している。紙も大きなものがなかったので、壁にかかっていた今月、しかもまだ半分も終わってない月のカレンダーを破いて下に敷いた。

 なのに、琢己はその紙をわざと避けるように油っぽい破片を拡げてしまっていた。

 コーラも微妙にストロー口から零れている。


 カーペットは取り替えた方がいいだろうな、とカケルは長い息を吐く。

 

 スクールバス停から連れ帰り、とりあえず離れに入れたはいいが結局昼飯は買って来られなかった。

 母屋に何か少しは残っているだろう、と、カケルは琢己をひとり離れに残し、彼のお気に入り、『街の達人・○○便利情報地図』を手に持たせてから母屋に向かった。


 出掛ける支度をしていた恵に何か食べるものない? と聞くが返事が上の空だったので、ちょうど出てきた母親に頼んだ。

 以前のような機敏さがすっかり影を潜めた母は、それでも腰を押さえながら息子のために台所に向かった。

 背後から姉の強い声が飛ぶ。


「冷蔵庫のポテサラは今夜のおかずだから食べないでよね、あと、カップ麺はハルキのだから」


 アンタの次男にメシやるのに、どうしてそうツベコベ言いやがる、心の中のチョイ悪な弟が鼻に親指を当てて姉に向かってしかめっ面をする、だが、カケルの表面は顔色を変えずに姉のことばに「はいはい」と大人しく同意して、母について台所に入った。


 ようやくきのうのコロッケの残りと、惣菜パンが2つばかり出てきたので「あたためる?」と母に聞かれたのも「いいから」と邪険に振り払い、そのままの口調でそれでも「ありがとう」とつけ加える。


 離れに戻るのには小走りだった。だが、予感的中とでも言うか、たいへんなことになっていた。


 スローモーションのように、目の前に展開する光景。玄関先に座らせていた琢己は既に立ちあがって部屋に上がり込んでいた、地図帳は玄関の外に投げ出してある。そして、まるで吸い寄せられたかのように彼は洋服ダンスの一番上の引き出しを開けて、午前中に投げ込んだばかりのライターを出して手に持っていた。


 あの赤い、百円ショップのライターを。



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