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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第二章 ― 1 ― 
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08 風船は飛んで行く 2

 お祭の会場は公民館で、すでに地域の人びとがあちこちに出店を開いて賑やかに開催されていた。

 空は青く、空気は十一月のはじめらしくからっと乾いて心地よい。外で楽しむには絶好の日和だった。


 夏実は着いて早々、幼稚園の仲間を見つけたらしく、そちらに走っていってしまった。

 おい、なっちゃん離れないで、と叫んだが聞いていない、遠くにいるお友だちの母親らしい丸い顔の優しそうな人がカケルの方をみて、それでもにっこりと会釈してくれたので「すみません」と叫ぶと、琢己のことも知っているのだろうか、

「いいですよ、なっちゃんとうちのアッコといっしょに歩かせますから」

 とよく通る声で叫び返してくれた。アッコちゃん、はカケルもよく聞く名前だったので安心して、お願いしますと頭を下げ、三時にここに戻るんだよ、と夏実に向かってまた叫ぶ。夏実は時計が判るだろうか、少し心配だったが「おやつの時間にここで集合だよ」もう一度、メガホンのように両手を口にあてて叫ぶと、わあったー! とOKサインを出して、友達の手を取ってどこか会場の奥の方へ走っていった。アツコちゃんのお母さんも慣れた様子で笑いながら、後に続いて奥へと消えた。


 琢己は、思いの他落ちついて彼と一緒に歩いていた。時おり、ひいっと大声で叫んで手を打ち鳴らしたり、5メートルほど走っていって、また戻ってきたりということはあったが、ここの狭い地域ではかなり知ってくれている人も多く、恵もできる限りきょうだいの学校や地域の催しものに彼を連れ歩いたおかげでか、その辺ですぐに

「あれ、たっくん大きくなったねえ」

「たっくん、きょうはおにいちゃんと一緒だね」(その度にカケルはおじです、と心の中で訂正を入れる。「コイツの兄貴はまだ中一です」)

「琢己くん、ほら餅つきやって行きな」

 などと声をかけられていた。

 琢己は気が向くとそちらを向き、気が向かねばぷい、と顔をそむけてどこかに駆け出したりもしたが、特に気にする様子の人もおらず、カケルはほんの少しだけ肩の力を抜いて、それでも油断しないように彼を従えて歩いていった。


 気忙しくはあったものの、思いのほかお祭を楽しみながら二人はあちこちをさまよい歩く。


 消防団の人たちが次々とヘリウムガスを詰めた風船を子どもらに配っているのが見えて、カケルは琢己を誘ってそちらに近づいていった。気体を充填するときの音が琢己には辛いかな、といっしゅん心配したが、これもびっくりするほど喜んで見物していた。特に、色とりどりの風船が細い紐で繋がれて、ゆらゆらと宙を漂う様子に心を奪われているようだった。


 同じ組に住む押切さんという団員が「お、タクミ~、一個やるぞ、早くしないとなくなっちまうぞ、来い」と手まねきしてくれた。琢己は吸い寄せられるように彼の元に行って、黄色の鮮やかな風船をひとつ、手渡してもらった。


 何とも自然に呼びかけに反応して近づいていって欲しいものを受け取る、こんな単純なことでもここまで完璧に美しくできた事はなかなか無い。カケルの心も風船のようにわずかに浮き立つ。

「ありがとうございます」あいさつのできない彼に変わって、カケルが脇から頭を下げた。

 押切さんがにやりと笑って

「今日はケイゴにおごらせろよ、アイツ、昼過ぎにかなり出たらしいからよ」

 と、パチンコの手つきをしてみせた。

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