04 骨はもろく 3
カケルは居間で夕飯を待っていた。久しぶりに家族の夕餉に参加したある夏の日のことだった。
ナミキ・シズエの失踪はしばらくローカルニュースを賑わせていた。
事件に巻き込まれた可能性が、とキャスターは何度も繰り返していたが、なぜかコンビニ近くの側溝には捜査の手は延びなかったようだ。
カケルには、すでに過去の出来事にしか過ぎなかった。それなのに。
「いただきます」
よく冷えた日本酒のグラスを片手に、つまみは何だろう、昆布巻きか、と箸を伸ばしたカケルは全然気づかずにそれを口に入れた。
柔らかく煮えた昆布を噛み切ったと思ったとたん、ほろり、と何かが口の中で崩れた。
それはまるで
ナミキ・シズエの顔面のように。
カケルはばっ、と立ち上がる、口を押さえて。恵が目を細めてその姿を見た。
「どうしたの」
それに答えることもできず、カケルは流しに駆け寄り、いっときの間を置いてから、ゲエゲエと胃に収めたものを吐き始めた。
まだ幼い晴樹が、その様子を目を丸くして眺めている。琢己は箸を落とし、きいっとひと声鳴いてから「たぷたぷう」と叫んだ。
「だいじょうぶ? そうちゃん」
恵の問いかけにふり向いて何か答えようとしたが、言葉すら間に合わない。とにかく、吐き気の発作が止まらない。両親は少しだけ箸を止め、咎めるような目を同時に彼に向けた。
それでも、止まらないものは止まらない。カケルは食べたものの3倍だろうか、という位の量を吐き続けた。
どうにか吐き気が収まった時に、昆布巻きについて恵に聞くことができた。
「昆布巻き? 買ったのよスーパーフジミで」
「あの中身なに」
ええとね……恵は目線をさまよわせながらようやく思い出して
「ニシンより安かったから、鮭の頭をね、コトコトと柔らかく似て骨までさあ」
そう言ったか言わないかのうちに、カケルは次の発作に見舞われた。
「食あたりじゃ、ないの」
心配する恵もそっちのけで、カケルは吐き続けた。
「食事中だぞ」
父親は、言わずもがなのことを口にした。それでも、カケルは情けなく涙の浮かんだ目をさまよわせ、時々襲ってくる発作をただ、耐えていた。
すでに胃には、何も残っていなかった。それでも酸っぱい胃液はしつこく生まれているようだった。
吐き気が十分に収まった頃には、カケルの思いも少しだけそこから離れることができた。
それでも、肉はおろか、魚ですら口にできなくなったのはその時からだった。それまでもあまり好みではなかったのに、もう、肉とか魚とか聞いただけで吐き気が蘇ってきた。
「骨まで柔らかくてお口の中でほろほろと」
テレビのグルメ番組でそんな表現を聞く度に、気分が悪くなる。
あの夜の、骨のもろさがずっと口の中に残っていたせいだろう。カケルは、骨のもろさが歯の間に蘇る度に顔をしかめた。
それでも何故か、あの側溝で嗅いだ匂いの数々は爽やかな思い出としていつまでも、頭の片隅に残されていた。サンドイッチの慎ましい全粒粉の匂いまでもが。




