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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第二章 ― 1 ― 
51/148

03 骨はもろく 2

 行きはそのまま見送り、帰ってきたところを狼は襲った、音もたてず。


 小柄な女だった。手にコンビニの白いプラ袋をふたつ下げたまま、左の肩口と喉をまる咥えにされ、女は横ざまに側溝の中に引きずり込まれる、ぐふっ、と喉を鳴らす音が漏れたがそれすら遠慮がちに夜の闇に吸い込まれた。嗅ぎなれた血と体液と恐怖の香りの中で、袋から出た揚げたてフライドポテトと、少し遅れて全粒粉パンを使った玉子サンドの匂いが同じような軌跡で彼らを追いかけた、だが、狼が獲物をくわえ直すと指で袋をひっかけていた右手が大きく拡がり、袋は溝の中に無造作に放り出された。両脚は大きく宙に跳ね上がり、ちょうどうまい具合に黒と黄色のポールの間をすり抜けた。


 狼は軽々とその小柄な肉体を曳いて、溝の中を山の方へ向かって駆けていった。狼の右わき腹に半分のしかかるように、女ののけぞり気味の背中と脚が当たる、両脚は始めのうちは何度か激しくばたついて狼を蹴りつけようとしていたが、そのうちに、静かにだらりと下に垂れたままとなった。狼は途中、一度足を止めて女を下に降ろした。女は穴の底でうつ伏せになっていた。ひいひいと息が漏れる甲高い音がずっと聴こえていたので、そこで止めをさそうと決め、前脚を傷ついていない方の肩にかけて、鼻先でひっくり返そうとした。


 いきなり、その細い左腕が狼の腕に巻き付いた。

 鼻先に彼女の顔が迫る。

 激しい苦痛と恐怖とで赤々と染まった彼女の匂いが大声で訊く、何なの? なんなのこれは?アタシ、しぬの?


 あまりの匂いの強さに顔をそむけようと、狼は大きく口を開けた。

 その口に彼女は顔を突っ込む、本能とはまるで逆の急激な動きに狼はとっさに口を閉じる。


 骨はあまりにももろく、その口の中でほろりと砕け、水浸しになった絶叫と大量の血がどっとあふれ出す、狼はそのすべてを喉を鳴らしながら呑み込んでいった。美しくすんなりと伸びた左腕が狼の横顔を打ちすえた。


 インクとペン軸の匂いが染みついていた、コノヒトハヒダリキキナンダ、そんなニンゲンの声がどこかでしていた、狼は構わずにぎりぎりと牙を噛み合わせる。甘い脳漿のあじが口いっぱいに拡がって、ああ、やっぱり新鮮な肉はいいなあ、と漠然と感じる。


 そして彼の中にだけ突き抜けていった悲鳴。断末魔の叫び。


 狼は夜と同じように、死を味わい尽した。

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