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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第一章 ― 2 ―
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21 東京は海のそこ 1

 何故かと問われると答えようがないのだが、昔から俺は海の生き物が好きだった。


 覚えている限りで一番幼い時の記憶で、俺は胸に何かの絵本を抱えていた。

 今でも記憶にあるのは、その本の表紙がぜんたい青と藍色とで覆われていたこと、無数の色鮮やかな魚、サンゴ、イソギンチャクなどが散りばめられていたこと、まん中には何もかぶり物をしていない古臭い着物の少年が釣竿をかついだまま、大きな亀の背中にまたがってあたりを眺めていたこと、海底の遠くに朱色の建物が小さく見えていたこと、それと……


 俺はなぜかそれを手放すまいと、しっかと握り締めて床を見つめていたこと。


 誰かの声が言い聞かせるように上から降っている。


「ねえ、カケルくん、次の人が待ってるから、本を返すんだよ、もう何日もなんにちも持っているでしょう、次にあみちゃんが見たいんだって、ほら、もう本のおうちに戻そうね」


 その本を手放すことなんて、考えられなかった。


 猫なで声の背後で、小さな女の子が泣きわめいているのが聞こえる。

 ああん、ああん、カケルくんが本をみせてくれないの、あみはずっとまってるのに。


 嘘つくな、俺は分かっていた。俺があまりにもその本を気に入っていたのを知っていて、手放せないのを知っていて、バカにしていたんだ。いや、蔑むような感じではない、何と言うんだろう……そう彼女は多分、本に嫉妬していたんだ。


 結局絵本は体よく取り上げられて、あみちゃんに渡された。


 彼女はそれをずっと、自分のロッカーに突っ込んだままだった。俺は隙をみて、そちらに手を伸ばそうとしてはなんとか先生(名前が思い出せない)に叱られた。


 あみちゃんは、そんな俺を見て、満足したような目をして笑った。

 


 あの本は今思うと、浦島太郎だったのかも知れない。浦島太郎は助けた亀に乗って、海の底にある竜宮城にたどり着く。そこでもてなしを受け夢のような日々を暮らしたが、ある日急に郷愁を抱いて陸に帰る。陸ではすでに彼の失踪から果てしない時が過ぎていた、あまりの心寂しさに彼は絶対開けてはいけない箱を開ける。


 彼は時に追いつく。


 これがどうして子ども向けの昔話として残ったのか、その頃からずっと不思議だった。あまりにも恐ろしく、哀しい話だ。ふとした親切心と好奇心から彼は入ってはいけない世界に迷い込み、自らの時を失う。


 乙姫さまもどうして「開けてはいけない」という箱をわざわざ土産として持たせたのか。使うことを禁じられている、意味のない贈り物。


 大きくなってからずっと考えていた。彼女がそれを渡した理由を。


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