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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第一章 ― 2 ―
43/148

18 長い夜 8

 二人は名前を名乗った。前に立った方が青野、後ろのが本河内、と言った。

 二人とも地元警察署の刑事だということだった。


 一通り、教えてください。これはあくまでも、事故で亡くなった方への決められた手順でして、確実に事故であったと証明するために必ず行う調べなのです、とカケルに近い所に立ったアオノがソフトに語りかけた。

 後ろのホンカワチがつかつかと歩み寄って、ドングリ眼をぎろりとこちらに向けて急に聞いてきた。「お風呂で亡くなった、と。何か入浴剤とか入れてました?」

 唐突な質問に、カケルは少し宙に目をやって「……いいえ、いつも入れないし、入ってなかったと」そう答えると「えー」やや興奮したようにこう続けた。

「額に軽く打ちつけたような跡があって、緑の粉がついていたんですよ、少しですけど。入浴剤かなあと思って」

 剣道や柔道が得意そうな、快活なしゃべり方だった。眉が濃く、マンガに出て来そうな目をしていた。


 いきなり推理もののような出だしだなあ、カケルは半ばあきれながらも「いえ、何も入ってなかったと思います。ボクも覗いた時には湯は透明でした」と真面目に答えた。


 刑事からすれば『第一発見者』というのだろう。

 まあお座り下さい、とアオノから椅子を勧められ家族関係から普段の父親の言動や様子、風呂に入った時の状況など、まさに『事情聴取』を受けているという感じになった。若い方のホンカワチは、うろうろと隣の続き部屋に通じるドアを開けて出ていったり、また廊下側の入り口から戻ってきたりと落ちつかなかった。


 隣の続き部屋にすでに父親がついているらしく、そこで刑事たちは亡くなった人間の検視を行っているとのことだった。


 もう1人、白っぽい実験着のような不繊布をまとった人間が続き部屋から出てきたが、これが警察から来た検視官だということだった。彼はカケルに軽く頭を下げ、ホンカワチにあごで合図して、また隣部屋に消えた。ホンカワチもちらっとカケルに目を走らせてからそちらに入っていった。


「月見里、と書いてヤマナシさん、ですか」今夜これを確認するのは二度目だ。

 カケルは生まれた時からずっとこれをヤマナシと読んでいたので、全く違和感がなかったがうどん屋に入った時に『月見うどん』を『やまうどん』と読んで母や姉に大笑いされた記憶はしっかり残っていた。


「ヤマナシさん、亡くなったのがノブキチさん、奥さまがなみ子さん、一緒に住んでるのがまず娘さんでメグミさん、だんなさんのケイゴさん、ヤマナシさんですね」

「いえ、姉の一家は桐島です」

「キリシマメグミさん、キリシマケイゴさん、お子さんがええと」

「4人です」カケルはすらすらと彼らの名前と年齢を答えていく。

「お詳しいですね」アオノの言い方は特に感情がこもっていない。

「一緒に住んでますからね」

「カケルさんは、メグミさんの弟さんなんですね。で、一緒にお住まい、と」

「別棟ですが。母屋から少し離れた平屋に寝起きしてます」

「独身ですか」

「はい」

「お仕事は」

「失業中です」

「はあ」第一発見者は、第一容疑者なのだろうか。アオノは何やらペンを細かく走らせていた。

「お風呂はいつも、母屋のをお使いなんですね」

「はい」その他にも生活状況について細かく聞かれ、その都度丁寧に答えていく。


 やはり俺が一番疑われているのだろうか、本当に形通りの調べなのか……カケルは細かい内容に受け答えしながら、時々ちらっとアオノの表情を伺った。隣に座っている男からは何も警戒心は感じられなかった。つい、こう言ってやりたくなる。だいじょうぶ、父は殺していません、でも何人も殺したことはあります。狼ですから。でも今はこの件だけクリアになればいいんですよね?


 急にアオノが顔を上げた。銀縁の眼鏡の奥で、目がかすかに戸惑いを浮かべている。


「……これもね、形式だけですが聞かねばならないんですよ、お父様が何か生命保険に入っていらっしゃるか、御存知ですか」

「いや……」金目当ての犯行、殺人事件の動機ナンバー1なのだろうか。愛憎を凌駕し、趣味的要素も排除し、人が人を殺す理由、それはやはり、カネがほとんどなのだろうか。


 カケルは心に浮かんだ醒めた思いをみせずに、やや俯きがちに答える。

「でも、多分かけていたと思います。母がしっかりしていたし、葬式の費用くらいは出るといいね、と一通り貯金もしていたようですから」

「どこに掛けていたか御存知ですか」

「……それは、母か姉が全て把握していると思います。僕はちょっと」

「分かりました」


 その声を合図にしたかのように隣室からまずホンカワチ、そして検死の係官が霊安室に入ってきた。

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