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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第一章 ― 2 ―
37/148

12 長い夜 02

 一拍置いて姉が母の部屋から出てきた。着替えを手伝ってやっていたらしい。

「なに」

 不機嫌そうだがいつにないカケルの強い口調に、目には少しだけ警戒心を浮かべている。

「オヤジ、風呂に」それだけ言うとすぐに気づいたのか、だっと駆けてきた。

 浴槽に引っかかっていた父親をみたとたん、すぐに廊下に引き返す。

「啓ちゃん!」二階の自室にいた夫に向かって鋭い声を投げる。「すぐ来て!」

 返事を待たずに「ハルキ、いる?」今度は居間の引き戸を開けて中に向かって指示を飛ばす。

「おじいちゃん、風呂で溺れた。救急車呼んで、すぐ電話。なっちゃん、おばあちゃんの部屋から毛布取って来て、二枚、それを廊下に敷いて、玄関の近く。バスタオルも三枚くらい。それできたらタイチ連れて、居間かおばあちゃんの部屋に一緒にいてあげて。そうちゃんは啓ちゃんと一緒に父さんとかついで廊下に出して、心臓マッサージわかる?」


 タクミが奇声を発して廊下に飛び出してきた。いつもと違う家庭内の雰囲気を察したのか異様に興奮している。視線が定まらず、首を大きく振って壁に当たりながら廊下を走り回る。カケルの肩にどしん、とぶつかり反動で向かいの壁に当たる。細かいちりが廊下に降った。


「タクちゃん!」


 恵の鋭い一声に、一瞬動作が止まった。

「おじいちゃんが、たいへんなの」急にしん、となった中、恵の声が響く。

「タクミ、静かにテレビ観ていて。トムトジェリー観ていいから」


 意味がとれたのか、それとも単にアニメのタイトルがすぐに耳に届いただけなのか、琢己は急に大人しくなって居間へと戻った。


 ちょうど階下に姿をみせた恵の夫は、怪訝な表情をしていたものの、カケルの目配せにすぐ反応してすぐ状況を悟ったらしい。「風呂場? わかった」


 もしもし、救急です、はい、住所は……上ずったような晴樹の声が聴こえる。普段はヘラヘラして頼りにならない恵の長男も、こんな時だけはやはり高一という年相応にたくましく思える。母親の部屋に飛び込んでいった長女も小学4年とは思えないきびきびした口調で、毛布を出しておばあちゃん、と指示を出している。恵の口ぶりにそっくりだ、風呂場に戻りながらカケルは少しだけ可笑しくなった。


 圭吾に脚を、自分は脇を持ってせーの、で父親を担ぎ出す。水がぼたぼたと落ちるのも気にせず、二人は廊下にすでに敷かれた毛布の上にその身体を置いた。夏実がすぐに、その下半身にバスタオルをかける。


 太一がちょこちょこと居間から走り出してきた。「かあ、たくがね、とむとちぇい、みてゆ」いっぱしの言いつけ魔だ、しかし、恵は「いいのよ今夜は」と、倒れている父親の姿が目に入らないうちに太一を居間に押し込んだ。「アンタもみてていいから」

 夏実が弟の肩を抱いて、居間に入る。「ねえねも見る、いっしょに見よ」


 ちょうど電話を切った晴樹が、廊下に出てくる。

「一分間に100回、心臓マッサージ、って分かる? 救急車来るまでやってて、って」

 圭吾が頭をかく。「職場で前に、習ったなあ」カケルをふり向いて「カケルくん、知ってる?」カケルはよく判らなかったが「やってみよう」とりあえず父親の脇に膝をついた。

 その間に恵は「救急車入れるようにしてくる」車のキーを持って、玄関を出ていった。


 母親が怯えたような目で、自室から覗いていた。「お父さん、どうしたって」

「溺れた」カケルの一言にも、特に動じた様子もなく、彼女はそのまま部屋の入り口から成り行きを見守っていた。

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