11 長い夜 01
その晩もカケルはまず先にピアスをしてから、母屋の風呂に向かった。
面倒くさい仕事になりそうで、本当は行きたくないな、と思っている時はピアスの通りが悪いような気がする。自室の流しに立てかけた鏡をのぞきながら、少し苦労してピアスを刺す。
母屋は全員揃っているようで、そこかしこの部屋に人の気配はあった。全体がお互いに無関心を装いつつ、ひとつの函に収まっているような感覚だった。
「お風呂、貰うよー」
一応、扉の閉まった居間に向かって小さく声をかける。
カケルは何気なく脱衣所に入る。匂いがした。誰かの下着が置き去りになっているのに電気を付ける前に気づく。灯りをつけると案の定、染みだらけで、小便の匂いがつんと鼻をつく下着が足もとに丸めて脱ぎ散らかされているのを目にした。
カケルは目を細めて風呂場に目をやる。父親が珍しく風呂を使ったらしい。たまに、発作的に風呂に入ることがある。誰にも告げずに勝手に入るので、追いかけてきた家族からはその度に文句を言われる。今夜も誰かに文句を言われながら、それでも気にせず風呂に入ってしまったのだろうか、それにしても付き添ってていた人間が下着くらい片付けてくれればよかったのに。
トランクスを履いたままだったが、先に蓋がちゃんとしてあるのか気になって風呂場を開けた、だがようやく気づいた。父親は黙って一人で、風呂に入ったのだ、誰にも告げず。そして誰も気づくことなく。
浴槽にながながと浮いている姿を、カケルは数秒見つめていた。
浴槽いっぱいに、うつ伏せに、その身体は浮かんでいた。この深さで、浮かんでいる、きっちりとその容積の中に収まったように。パッケージということばが頭に綺麗な字体で浮かび、カケルは何の感情も持たずにただその様子を眺めた。
しかし数秒後にはやっと、感覚が状況に対応した。
「オヤジ!」あわてて浮かんだ背中を平手で叩く。「なにしてんだよ、起きろよ」ぴちゃぴちゃと張りのない音が浴室に響く。そうか、自分で起きるわけはない、それすら数秒遅れで気づき、彼はその身体の脇に手を入れて、力を込めて引き上げる。ざばっと水を引き連れてバタフライ泳者の顔を貼りつかせた父を、勢いで浴槽のふちにひっかける。身体は固まっていた。表情も全く変わらない。紫になった口を開け、目は閉じていた。それでもひっかけたまま浴槽には落ちそうもなかったので、カケルは助けを呼びに、脱衣所を飛び出した。
「メグ! 誰か来て!」




