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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第一章 ― 2 ―
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07 失敗と罰 2

 気がつくと、林道の脇、狼の目の前に誰かが立ちはだかっていた。


 男は誘導棒のようなものを右手に握り、それを左の掌にゆっくりと打ちつけていた。音は出ていない、穏やかな叩き方だった。ただ、暇を持て余しているので何となくやっているという動作にみえた。諭吉が消えた時に、向かいの店の駐車場に立っていた交通誘導をふと、思い出した。


 狼は、自然と彼の前に歩み寄り、そこに座った。


 男は小太りで、どこにでもいそうなオジサンだった。あごの線が丸く、月の光だけでもどことなく哀しげな愛嬌のある顔がうかがえた。


 オジサンの前で、狼は頭を垂れて自分の胸元をみる。ご主人さま、すみません勝手に散歩に出てしまって。傍からみたら主人より大きな飼い犬がしょげているようにしかみえないだろう。なぜか逆らえないという気だるいような思い。彼は棒の手元についたスイッチを入れた。かちりというかすかな音すら、虫の声しか響かないこの山の中では異質に響く。誘導棒だから光るのかな、と上目でみていた狼は突然のオゾンの匂いに身を固くした。棒の先から光が伸びる、あっ、ライトセーバーだ、本物だ、すげえなあ。となぜかカケルの声、思う間もなく棒が振り上げられ狼の背中と左脇を強打する。ぎゃをん、と狼は叫んで這いつくばる、耳は完全に寝てしまう。更に一撃、ライトセーバーだと斬られてしまうのでは、と束の間思うがそれはまるで鉄の棒のように固くはげしく、狼の背にぶち当たる。なんども、何度も振り下ろされる。ゆっくりとしたリズムをもって。罰を与えている奴が決して逃げないのを知っているふうだった。


 彼は頭だけは守ろうと前足を上げる、いや、白々とした腕だった、いつの間にか人間に戻っていた。カケルは肘を曲げて手を引きつけるように頭をしっかりと覆った。コンクリートじみた荒れた路面が、裸の胸や腰に食い込む。


 男は容赦なく棒を振り下ろし、彼に叩きつけた。その度に、月明かりの中で身体が跳ね上がる、8、9、10……狼の時よりもことばにならない叫びが夜のしじまを裂く。


 決まりでもあるのだろうか、20回ぴったりで殴打は止んだ。後には二人の荒い息づかいが残された。


 また、かすかなスイッチの音、懲罰の終わりを告げたようだ。男はもこもことしたズボンのポケットから携帯電話を取り出し、不器用な手つきでいくつかボタンを押していた。カケルは、全身でその様子を伺っていた。背中と言わず腰と言わず、全身至るところがずきずきと脈打っている。


 何故、何なんだこの男は。いつからここに。どうして失敗したって分かったんだ。誰だよアンタ。ボタン押すのに親指太すぎだろ? それに何故俺は素っ裸のニンゲンになっちまったんだ?


「クリハラです、」情けない顔だと思った割に、声は爽やかだ。カケルは情けないうめき声を押さえながら、ざらついた舗装面に当たる身体の柔らかい部分をかばうように身を縮めた。

「はい、済みましたので帰ります」ごくろうさま、という返事を待つくらいの間をおいて、彼は電話をたたんでポケットに戻した。こちらを向いたようなのでまた何かされるかと思い、カケルは身構えた。と言っても、痛すぎてどのくらい構えられたのか、定かではない。狼でない時の自分は、まるでなってない、そんなことは百も承知だった。それでも最低限の本能だけで、彼は身をすくませていた。


「な……に」


 ようやく声が出せた。乱れた前髪の隙間からのぞく男は相変わらず小太りで情けない雰囲気を漂わせていた。どこかうらぶれた姿、しかし爽やかな声のクリハラという男は何も声を発せず、しばらく彼を見おろしていたが、やがて向きを変えて去っていった。


 どこか少し離れたところで、車のエンジンがかかる音がした。やがて、エンジン音は徐々に遠ざかっていった。


 カケルはよろめきながら立ち上がる。


 いつものように家の近くで狼に変わってからずっと走ってきたので、また狼に変わる必要がある。今は素っ裸だし、ひどいケガだ。それでも血は出ていないようで、車が去ってからしばらくすると痛みも徐々にではあったが、和らいできた。


 カケルはとぼとぼと林道を下り始めた。そのままの姿で。


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