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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第一章 ― 2 ―
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05 消えた諭吉

 木枠のついた鉄皿が辛うじてテーブルの隅に乗っかった状態で、残してあったニンジンの付け合わせは反対側に吹っ飛んで、踏みにじられていた。くしゃくしゃになった紙のランチシートに靴跡が残っている。あれほどパンでソースを拭きとっていたはずなのに、皿を踏んだせいで、茶色い肉汁が横並びの薄い線となって、諭吉の靴、つま先の形に紙に記されていた。


 アイツ、案外おしゃれなクツ履いてたんだな。カケルは外を眺めてみたが、諭吉の姿はどこにも見えなかった。揺れと同時にあわててテーブルに飛び乗って、そのまま出口に吹っ飛んでいったのだろう。


 出入り口のすぐ外側、駐車場にかけて黒い煮融けたような染みが3か所ほどできていた。


 誰もがそこを大きく避けて通る。


 タールが融けたのか、というような感じで、わずかに地面にへこみができている。


 カケルが通りかかったくぼみには、わずかに虹色の溜まりができていた。ぷん、と今まで嗅いだことのない匂いがした。


 即座に嗅覚を遮断する。この匂いは駄目だ。


 人びとは表まで出ると、あたりを見回して不安げな表情を浮かべた。明らかに、周りには特に何も変化がない。駐車場の車も、裏の民家の並びにも特に変化はない。一軒、二階の窓からいぶかしげにこちらの駐車場を見おろす若い女がいた。広い道路を挟んだ向かいの家具量販店にも、野次馬らしい人びとがこちらを向いて大勢、様子をうかがっている。交通誘導の制服まで、赤い誘導棒を中途半端に上げたまま、棒立ちになってこちらを向いていた。


 誘導されて出てきた数組が、サエグサに声をかけて車に戻っていった。サエグサはここまでの誘導は頼まれたものの、その後はどうしていいか聞いていなかったらしい、明らかにとまどった声を上げ、ここにいてください、と力なく繰り返していたが彼らを止めるまでには至らなかった。カケルもさりげなく、自分の車に戻りエンジンをかける。車には異常はないようだった。


 ふと、諭吉はどんな車できていたのだろう、と気になった。


 以前は車道楽で3年以内に好きな車に乗り換えていたようなヤツなのできっとまた、洒落た車に乗っているのだろうか、と一通り見渡したが、それらしい車は置いてなかった。隅の方に、明らかに中古店の片隅にありそうな目立たない軽がぽつりと残っていた。まさかあれは諭吉のではあるまい、そうカケルは判断する。


 店を飛び出してすぐ、車に乗って帰ってしまったんだ、その時はそう思っただけだった。


 どこかからサイレンが聴こえたような気がして、カケルは少しだけ急いで駐車場を出る。


 国道側だと緊急車両に阻まれそうだな、と裏手の細い道への進路を選んだ。前の黒い大きな車に続き、彼も店を後にした。


 最後に薄汚れたグレーの軽、ぽつんと残っている車がなぜか目に入った。


 諭吉、ちゃっかりしやがって。今度会ったら必ず言ってやるからな。それとも、もう会いたくない、と電話かメールにするか。


 あんな奴、もう二度と見なくてもいい、ちらっとそんな考えが頭をよぎり、いやいや、それでも昔からの友だちなんだしな、と中途半端な同情心も湧く。


 俺が教科書忘れた時に何度か貸してくれたし、体操着まで。汗臭くてまいったけど、それでも少しは世話になった。


 二度と見なくていい、っていうのは言い過ぎだな。それにしても微妙に腹の立つ奴だ。


 それにしても、何の騒ぎだったんだろう。


 妙に目の端に残ったグレーの軽が諭吉の車だったこと、そして諭吉が完全に消えてしまったのを知ったのは、翌日のことだった。

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