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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第一章 ― 2 ―
28/148

03 イメージは負け試合

「似ているってのはさ」

 ようやく納得したらしく、びたびたにソースの浸みたパンを口に放り込み、ついでに指まで舐めてから諭吉が顔をあげた。

「何つうか……」口のはたに脂がついて光っている。


「負け具合、とでもいうのかな」

「まけぐあい」呆けたようにカケルは繰り返した。


「ああ」あっさりと諭吉がうなずく。ようやくパンを噛み下したのか、満足げな表情になって右手で腹をさすりながら、左手で脇のメロンソーダを取り上げる。


「まあさ……似てるって面ではスナフキンとか? いや、違うな」自分で言っておいてまた否定している。

「スナフキンには自己肯定感がある。オマエはさあ……ずっと試合に負け続けてる、ってイメージがあるんだよな」


 ひそかに感じていたがあえて意識にのぼらせずに済ませていたところをふいに突かれた、という軽い衝撃でカケルは思わず、う、と息をのんだ。


 二人は中学の時、ともに野球部に入っていた。確かに、弱小チームだった。監督ですら

「勝とうと思わなくていい、ただ、最後まで試合をしろよ、精一杯」

 そんな中途半端なことしか言わなかった。別に誰も、怠けているわけではなかった。練習はコツコツまじめにやっていたはずなのに、試合当日にエースピッチャーがインフルエンザになったり、遠征バスが高速の渋滞に巻き込まれてようやく試合には間に合ったものの、チームのほとんどがひどい車酔いになって実力が出せなかったり、どちらかと言うと不幸な感じがつきまとった。


 誰が原因か、とは言わなかったがカケルは薄々、自分が絡んでいる時にアクシデントが多いような気がしていた。三回ほど発熱や家庭の事情で大事な合同練習や試合に出られないことがあったが、その時に限ってチームはいい成績を残すことができた。現に、彼らが入部するまではそこそこに実力があるチームだったし、カケルたちが卒業してからはまた、県大会に出場するまでになった。


「そんでさ」更に心の傷に塩を塗るような、しかも全然いじわるそうな口調でなく、ごく普通の話をしている風に諭吉が続ける。


「すっかりあきらめてる、っていう空気が漂ってるんだよ。最初から勝負しない、みたいな」

「そんなことはない」カケルの声は小さかった。


「……まあな、単なるイメージだから」

 はあ、と諭吉はため息をつく。憐みのこもったものではない、ただ単に、腹が膨れたから出てしまった満足の吐息のようだった。


「そうだ」また身を起こす。「あれだよ、ルイージ」

 カケルはいつの間にか身構えるように腕を組んでいた。「何だって? ルイージ?」

「そうそう、マリオの弟。兄貴にそっくりで、マリオの後から同じステージなぞってさ、だいたいどこかでゲームオーバーになっちまう。兄貴が戦って敗れたら、仕方なく後に続くんだ。でも勝てる気はしねえ、コツコツと途中で細かいポイント稼いでさ、どっかでやられちまうんだ、飛んできたカメとか、ヘンな毒キノコとかにさ。それで後はしっかり者の兄貴が活躍してくれて、姫を助けてくれるんだ」


 それで兄貴はその後県大会にまで進んだ、白抜きの画面文字が見えたような気もした。あったな、そんなゲーム。母親が厳しくて家にはゲーム機などなかったが、多分、誰か友人の(そのうちのひとりは諭吉だろう)家でほんのわずか、触らせて貰っていた記憶はある。しかしあの兄弟に力の差なんてあったのだろうか、それすらカケルには分らない。


「まあ、気にすんなよ」散々言っておいて、諭吉は鷹揚に笑った。笑った瞬間、派手なげっぷをしてそれがたまたま静まり返った店内に響いた。


 背中に店内の視線を感じながら、カケルは組んでいた腕をほどき、身を起こした。もう帰ってもいいだろうか。

「あのさ……」伝票に手を伸ばすのを、諭吉は当然のように見守っている。入ってきてすぐ「オレさ、今、金が全然ないんだ」と言っていたし、カケルは何も言わなかったものの、おごってもらえると思っていたらしい。カケルはドリンクバーのみで、諭吉は煮込みハンバーグ定食に、ドリンクバーまでちゃんとつけていた。カケルに「なんだ、小食だなあ」と呆れたように突っ込みはしたものの、「悪いなあ、今日は、御馳走になるよ」の一言もなかった。


 オマエ、ちゃんと自分の分は払えよ。

 そう言ってやろう。

 俺のことを見くびり過ぎだぞ、諭吉。


 その時、急に窓の外に白い光が押し寄せた。


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